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ありがとう、空腹

【とほん読書ノート007】

 タイトルをみてすぐ注文のメールを送って仕入させたいただいた。僕も空腹にはとても弱いほうなので、よくぞ言ってくれたと激しく共感をしたからだ。でも「わたしを空腹にしないほうがいい」という文章には主語が抜けていて、他人に言っているような言葉(誰か空腹なわたしに早く食べさせろ的な)なのかと思っていたが、読み始めてすぐそれは違うことがわかった。主語は「わたしだった」。

 あなたは今日何を食べましたか? どんな味がして、どんな気持ちになりましたか? 生きている限り必ずお腹がすいてしまうということを、なんだかとっても不思議で可笑しく思います。
 菜箸を握ろう。わたしがわたしを空腹にしないように。うれしくても、寂しくても、楽しくても、悲しくても。たとえば、ながい恋を終わらせても。
P4-P5

 この本は「わたしの日常」と「わたしの食事」をめぐるエッセイ集だった。大学生である著者くどうれいんさんのとある6月の1ヵ月が日記形式で書かれている。当たり前のことだが食べることは日常と密接に絡み合っている。その美味しさはその時の気分、感情を大きく動かして、すべてひっくるめて1日の出来事として記される。友人や知人との交流や思い出は食事の記憶と一緒に浮かび上がる。人生と食べることがこんなにもごく自然に繋がっていることに驚きを感じるが、人生と食べることが切り離されているほうが不自然なのだろう。それしてもくどうれいんさんの自然体の文章力はすごい。

 「何を食べているかを言ってみたまえ、君がどんな人かを言ってみせよう」という有名な名言があるが、何を食べているかを聞いているうちに、著者のくどうれいんさんのことを知ることになり、私小説を読んでいるような味わいもある。そして、もっと食べることを楽しんで生きようという気持ちになる。空腹があるから、食べることに意欲的になり、たくさんの出会いが生まれるのだった。ありがとう、空腹。


お読みいただきありがとうございました。とほんにもぜひお越しください。お待ちしております。