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NY地下鉄ドラマ

今回のテーマ:地下鉄

by らうす・こんぶ

ニューヨークの地下鉄では、しばしば映画のひとコマかと思うようなドラマに遭遇する。

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昼間、セントラル・パークに沿って走る地下鉄に乗っていると、若い女性が泣きながら裸足で駆け込んできた。顔も服も汚れている。精神的に不安定な様子で何かの拍子にパニックを起こしたのか、乗客に助けを求めたかったのかよくわからなかったが、まるでDVからやっとの思いで逃げてきたかのような様子に、車内がいきなり展開の見えないドラマの舞台に変わってしまった。

ところが、10人くらいいた乗客はみんな知らん顔。今思えば、こういうことには慣れっこのニューヨーカーの当たり前の反応だったが、その頃私はまだニューヨークに慣れていなくて、こういうときどうすればいいかわからなかった。私が次の駅で降りるときに1ドル札を差し出すと受けとったので、お金を持っていなかったのだろう。彼女はあれからどうしただろう。裸足のまま泣きながら地下鉄でどこまで行ったのだろう。

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ニューヨークの地下鉄は老朽化しているのでシグナルの故障などでよく止まるが、たいていは5分か10分で動き出す。ところが、夕方の通勤時間に電車が止まり30分も車内に閉じ込められたことがあった。こういうときはただ待つしかない。それがよくわかっているのでみんな静かに待っていると、突然、立っていた若い女性が泣き出した。

仕事帰りの母親なのか、「早く帰らないと子供が心配。どうしよう、どうしよう」と文字通り地団駄踏んで激しく泣いている。状況がよくわからなかったが、早く帰らないと大変なことになると気が動転している様子。

乗客が困惑して見守っていると、40代くらいのキャリアウーマン風の女性が乗客をかき分けて泣いている女性のそばにやってきた。そして、彼女の肩を抱き背中をさすりながら「大丈夫。心配しないで」と子供をあやすようになだめ始めると、取り乱していた女性は次第に落ち着きを取り戻していった。車内にす〜っと安堵の空気が流れた。あの母親はあのあと子供の無事な顔を見られたらだろうか。 

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ブルックリンでスポーツイベントがあった日。参加した人たちがどっと乗り込んできた。私の隣に若い女性が座り、その前に若い男性が立った。赤の他人同士らしいふたりはごく自然に話し始めた。「あのイベントに参加したの?」「うん。君も?」

そのうち話はどんどん盛り上がっていき、男性がミッドタウンで電車を降りる頃にはふたりはすっかり意気投合して、お互いの連絡先を交換し合うまでになっていた。ニューヨークの地下鉄が舞台のラブコメディの第1章を見ているようだった。

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空いている電車の中で若い女性が本格的に化粧を始めたこともあった。大きな化粧箱を開けて下地クリームやファンデーションを取り出して顔に塗り、私には何なのかさっぱりわからないクリームや粉を大小様々なブラシを器用に使ってつけ終わると、次はアイシャドー、マスカラ、口紅、リップグロス…。パレット上の様々な色を顔のキャンバスに載せていく。電車の揺れなどものともせずに、私が電車を降りる頃にはキャンバスの絵は完成していた。プロのモデルだったんだろうか。日本では電車内の化粧はタブー視されているが、私は見事な化粧パフォーマンスに拍手を送りたいくらいだった。

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で、トリを飾るのは「眠りこける人」。ニューヨークでは公園のベンチや通りの端、地下鉄のホームや電車の中などいたるところで眠りこけている人を見かけるが、この写真の寝方は秀逸。どんだけ眠かったんだろう。これも私には「地下鉄で眠る人」というインスタレーションに見えたのだった。



らうす・こんぶ/仕事は日本語を教えたり、日本語で書いたりすること。21年間のニューヨーク生活に終止符を打ち、東京在住。やっぱり日本語で話したり、書いたり、読んだり、考えたりするのがいちばん気持ちいいので、これからはもっと日本語と深く関わっていきたい。

らうす・こんぶのnote: 

昼間でも聴ける深夜放送"KombuRadio"
「ことば」、「農業」、「これからの生き方」をテーマとしたカジュアルに考えを交換し合うためのプラットフォームです。




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