見出し画像

Dior展での忘れられない出来事 - 2

パリでのChristian Dior Couture du Rêve展に続き、ロンドンでのDior展にも行くべく、当日券を求めてヴィクトリア&アルバート博物館に到着した日のことはひとつ前の記事に書いた。

到着時、長蛇の列を目にしたものの、その際はごく楽観的に捉え、その後まもなく開館の10時を迎えた。列は牛歩ながら少しずつ館内に進み、しかし進む度に予想外の長蛇の列が視界に入り、私は都度不安を覚えた。そしてただただチケットが取れますようにと祈りながら待った。たまたま目があって話し始めた後ろの男性は彫刻家だというフィリピン系のアメリカ人で、アーティストだけにこのディオール展をとても楽しみにしているらしくファッションの話をしたり、このロンドンの前にはスコットランドを旅したということで当時2週間前に行ってきたばかりの私とその話も合い、持て余した時間をおしゃべりに費やした。

展示だけでなく美しい内装も楽しめるV&A博物館。ロンドン観光やアート好きには欠かせないスポットである。

確か当日券も乱発するわけではなく枚数が決まっているはずだった。しかし、7月の土曜日、行列はかなり長かった。チケットを販売しているレセプションに近づくにつれ、そこまでの残り人数を数えつつ、早く早く…と祈るような気持ちで列に並び続けた。

そしてレセプションまであとほんの10人弱になった時、10:50頃だったと思う、「ディオール展の今日のチケットは売り切れました」と担当者からアナウンスがあり、「えっ」というような言葉にならない反応と共に列は瞬く間に散らばり、その日の当日券販売は終了してしまった。

文字通り大変人気だったディオール展。チケット売り切れ後レセプションに立てられた案内板。

ショックだった。悔しかったのは、私の前、残りほんのわずかな人数を残して終了してしまったことだった。さっきまで楽しく話していた後ろのアーティストのアメリカ人も、瞬く間に消えていた。詳細を聞くためにカウンターに問い合わせに行く人も数人いたが、私は思いの外ショックで何も考えられず、呆然としながら、とりあえず併設のショップに入り頭を冷やすことにした。

お昼時は多くの人で賑わう中庭。お天気の良い日は爽やかで美しい。

どれぐらいショップで過ごしていただろう。商品を手に取っては見ていたものの買う気はさらさらなく、チケットが取れなかったことと、今日はこの後どう過ごすかをぼんやり考えながら、ちょうどショップと博物館の境目あたりをうろうろしている時だった。

アジア系、20-30代と思しき女性が不意に話しかけてきて「今チケットをレセプションで買えるよ(英語)」と私に伝えてきたのである。え…?何のこと…?なぜ私に話しかけてきたのか、なぜ私がそれを求めていることを知っていたのか、そしてディオールのチケットはまた売っているのか、それは本当なのか、彼女がなぜそれを知っているのか…?いろいろ意味が分からなくて、咄嗟にえ…?買えるの?と聞き返した気がするが、よくは覚えていない。そして彼女はすっ…とその場からいなくなった。私は突然のことで驚いたのと、ぼんやりしていたことも手伝って尚更訳が分からず、一瞬の間、呆然と立ち尽くした。何が起こったのか即座に理解できなかったのだと思う。しかし、気を取り直して、真偽を確かめにレセプションに行ってみることにした。

雨の多い英国のほとんどの博物館には少しでも太陽光を取り入れようと天窓が設置されている。そこから射す光が明るく美しい。
貴重な展示物がそこここに並ぶV&A博物館。

なるほど、先ほどの「売り切れ」のインフォメーションはすでになく、数人の人がレセプションに集まっている。でもそれは人が集(たか)っているというほどでもない。チケットが売り切れた後、私は呆然としていたとは言え、まだ諦めてはいなかったから、何かしら再販のアナウンスがあれば気付いたはずだ、でもそんなアナウンスはあっただろうか…?そんな疑問を思い浮かべつつレセプションの男性に「ディオールのチケットがあると聞いたんですが…」と尋ねてみた。すると、その担当者は「そうなんです、実はさっき団体のキャンセルが出てね…チケットは今日ではないけれどいいですか?」と。

え…?私はまた耳を疑った。先ほどまでショックで呆然としていたのは何だったんだろう。チケットを入手できる。一転、私は歓喜した。日程は今日ではないが、ちょうど1週間後の土曜、7月20日の夕刻なら空いているという。17:45から入場の枠だが、閉館は夜の10時だ、それならパリの分も取り返すように思う存分観られる。時刻は11:40、チケット売り切れからまだ1時間も経っていなかった。

一度は断念したものの入手できたディオール展の念願のチケット。

さっきまでの落ち込みが嘘のように一転、歓喜に変わり、来週だけれどここロンドンでも念願のディオール展に行けそうである。本当に嬉しかった。しかし、ほんの10分ほど前に私に話しかけてきたあの女性はいったい何だったんだろう。チケットを入手し、その嬉しさに改めてチケットを見返していると、今回の事の不思議さに頭がいった。彼女が教えてくれなければ、おそらく私はチケットを入手できなかっただろう。私がぶらぶらしていたミュージアムショップは、ディオール展のチケットを販売しているレセプションから目と鼻の先なので、もしかしたら気づいたかもしれない。しかし、大勢の人がレセプションに集(たか)っていたわけでもなかったので、アナウンス等がなければそもそも気づく確率はかなり低い。実際それがあったかはレセプションで聞けばよかったのだが、その時はそこまで気が回らなかった。そしてあの女性は、なぜ再販していることを知っていたのか、なぜ私がそれを求めていることを知っていたのか…。結局分からず仕舞いだが、私は彼女に一言お礼を伝えたかったので、その後周辺を探し回った。彼女が話しかけてきたのはものの10分ほど前だし、V&A博物館は広い。まだ近くにいるのでは、と思ったのだ。

翌週満を持して訪れたディオール展のエントランス。壁には手書きのルックも。

しかし、残念ながら彼女の姿は見つけられなかった。この日「何だかんだでチケットを入手できるだろう」と思っていた私は、その通り入手することができた。それは彼女のおかげだったが、お礼を伝えるのは結局叶わなかった。ぼそっと呟くように言って去っていったあの女性、今でも時々不思議に思うのだ、彼女は一体なぜ私に教えてくれたのだろうと。

翌日、同居しているホストマザーに事の流れを話すと「あなたがよほど残念そうな顔をしていたから声を掛けたんじゃない」と言っていたけれど、あの出来事は今でも大いに謎で、私の人生で気になる摩訶不思議の一つになっている。私は彼女にただただお礼を伝えたい、ありがとう、と。これが事の顛末である。

エレベーターもディオール展用に装飾されており、ファンならずともワクワクしてしまう。

翌週、私はディオール展を思い切り満喫した。そのレポートはこちらに書き留めてあるので、是非ご覧いただきたい。

ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館
Victoria and Albert Museum
Cromwell Road
London, SW7 2RL

※ 挿入されている写真及び画像はすべて筆者によるものです。

(London 13 Jul 2019)

この記事が参加している募集

スキしてみて

振り返りnote

どなたかのお役に立てるような、読んだ後に心に残るものを感じられる執筆を目指しております。頂戴したサポートは今後の活動費やモチベーションに活用させていただきます。