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ブルックリン、 朝5時に見えるグラデーション

私は 頑張れ、という言葉が嫌いだ。

と、書いている数分前にも、
電話越しに友人に頑張ってね、と言ってしまった気がする。

それでも私は、
LINEの最後におまけのように添えられる
ニューヨーク、頑張ってね!という言葉が苦手だった。

言われなくても、既に毎日頑張ってるよ。
別に東京にいようがニューヨークにいようが
全力を尽くすことに何も変わりは無いのに、

なんて捻くれて、
いつも無機質なありがとう!で返していたと思う。



ニューヨークに来て、4ヶ月が過ぎた。

様々なアクセントや言語が飛び交い、
ボーッとしていたら何十人の人が自分を追い抜いていく。


最初の1ヶ月は、毎朝チェックリストを眺めながら

「昨日はこれが出来なかった、」
「こんなのもこなせないなんて本当駄目、」
「絶対に来週は達成しないと、」

毎日毎日、
十何時間もスクリーンに向き合っているはずなのに、終わらない課題に焦りだけが募っていった。


留学が始まってからすぐ、
東京で自分の企画を評価してもらえる機会があった。

いくつかの賞をもらうことができ、すっごくすっごく嬉しかったのに、ニューヨークでの自分と、東京での自分にギャップを感じて辛かった。


心の隅は憂鬱だった。


木曜は21時まで授業を受けて、24時に閉まる大判印刷に駆け込み、徹夜して、金曜8時半に開く図書館に駆け込んで印刷し、9時から講評を受けて、17時に授業が終わり、土曜の朝7時から寮で数十ページの論文を読んだ。

土曜の朝から何でこんなに追い込まれてるんだろう、と気付いた時には涙が止まらなくなった。


何で東京では上手くいったのに、
ニューヨークでは何もかも上手くいかないんだろう?

と、ずっと考えていた1ヶ月目だった。



私は何でも努力で解決出来ると思っている、
才能やセンス、天才なんて存在しない。

だからこそ、
何十時間も調べて書いたコピーに
「すごく正しいけど、ネイティブからしたら違う意味に捉えられるよ」

なんて言われた時は、圧倒的文化的ハンデを感じた。


違う国から来たってことは、別の視点があるってことじゃん?と
教授は励ましてくれたけど、

アメリカや自分が育ってない国のクリエイティブだって
作れるようになりたい、
私はアメリカで評価されたいんだ、と思って


そんなフォローが同情のように聞こえて
ただただ辛かった。



でも、
FIXされない心の奥底の不安や焦りは数ヶ月も経てば消えてった。


すごく信頼している同じ留学生の友人に、
「私、この数ヶ月で自分が成長したのかわかんないんだよね」
と、軽い気持ちで言ったとき、

笑いながら、

「僕も学部で交換留学した時に、同じことを感じたんだ。でも元住んでいた町に戻って、周りに違和感を感じたんたんだよね。

その瞬間、自分が変わった、成長したって気付いた。自分が変化したのかなんて、元の環境に戻ってからわかるものなんだよ」

って言われて救われた気持ちになった。


特別な分岐点や、人生を変えるような出会いがあったわけではない。

ただ、自分の不安や焦りをオープンにすることを恥ずかしくないと思える環境にいたから、自分の弱ささえ愛せるようになったんだと思う。

最後のヨガの授業は内省の時間だった。

ある人は同じ授業から疲労による心臓発作で亡くなった人が1人、
自殺してしまった人がもう1人出てしまった話をした。

他の子は不安障害で眠れないことを共有した。

先生は何度も、みんな各々で沢山のことを抱えて生きてるんだと繰り返した、

本当にそうだと思う。



良い成績を貰っても、第一志望に就職が決まっても、何でも話せる友達がいても、無償の愛を注いでくれる両親がいても、毎日不自由なく生きていけても、心の奥底にあるAnxietyというガンはいつまでも大きくなっていくのだと思う。


私は、そんな自分も愛していきたい。

不安で落ち込んでる自分だって、
人と違って上手くいってない自分だって、
今があるからこそって過信して、妄信して、生きていきたい。


『今の自分が最高で、これをやったらもっと最高になっちゃう。まあ、やらなくても最高なんだけどね〜』

クィアアイに出演していた、カンさんが言っていた様に
来年は生きていけたらいいな。


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小学校の時、初めての遠足のお弁当はホットドッグ2つだった。
母が海外出張に行っていたから、
父が作ってくれて、とても美味しかったことを覚えている。

それでも、
同情して唐揚げを分けてくれる担任の先生や
可哀想な目で見てくるクラスメートを見て、
日本にCultual Fitできていない両親を責めてしまった。

日本ではお弁当箱に色取り取りにご飯を詰めるんだよ、
ホットドックなんて日本ではお弁当にならないから、と怒った。


あの時のことを、今ではすごい後悔している。

人と違ったって、周りが間違ってると言ったって、自分が正しいと思える選択なら誇りに思うべきだ。

自分が美味しいと感じて、自分が満足していたなら、何で堂々と自分が正しいと思えなかったんだろう。

クラスの中で1人だけ違うものを食べてても、それは不正解じゃない。

日本人らしいとか、
女の子らしいとか、
20代らしいとか
デザイナーらしいとか、
就活生らしいとか、
留学生らしいとか、

そんなラベルを基準にして自分の正解を定める人生はごめんだ、


ニューヨークに来て、語学やデザインなんかよりも

一度しかない人生で、どういう生き方をして、
どんな人になりたいかが明確になったと思う。

日本で生まれ育ってない両親からしたら、
お弁当の作り方がわかんないのなんて当たり前だよねって、
でも本当に美味しかったよ、って言えたらよかった。


家族で外食をするときに
わざわざ個室を選ぶ私とはもうさよならだ、

周りの目はものすごく気になる、
でもまずは自分が自分のことを誇りに思えないと、周りも一生変わらない気がして。

一度きりの人生、
自分のことを誇りに思えなくてどうするんだ?

2020年、もっともっと自分らしく生きていく。


不安で、焦って、眠れなくて見えた、
ブルックリンの朝5時のグラデーションは、いつだって美しい。


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