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40代男性がABCクッキングスタジオに通ってわかったこと

昨年から料理をすることが好きになった。

オープンキッチンになったことでテレビを見ながら料理できるようになったことが一番の要因だ。ながら料理が楽しいのだ。

iPhoneの写真アルバムには「俺の料理」という誰に見せるでもない自分の料理記録を延々と溜めるフォルダがある。

ある時、料理の基礎を習いたいと思ってABCクッキングスタジオの体験レッスンに申し込んだ。肉じゃがをつくりたかったのだ。

550円で料理を学べて一食分のランチ代も賄えると思えば安い。しかし安さには理由がある。これがABCの一番の集客活動なのだ。この体験レッスンで利益を出そうなんて最初から思っているわけがない。

そんなことはわかったうえで僕は肉じゃがをつくり、その後、調理レッスンよりも熱心な営業トークに耳を傾けた。

「料理をする男性はモテますよ!」「料理を通しての出会いもあるかもしれませんね❤️」という営業マニュアルにはない独自のトークも織り交ぜてきた。(いや営業マニュアルかもしれない)この言葉で数々の男性会員を射止めてきたのだろうか。それを聞いて「じゃあ、入ります」と言う瞬間のバツの悪さを想像してほしい。

全面ガラス張りで道行く人の視線もあるなかで、多くの女性に混じって40代男性が混じることがすでに罰ゲームのような雰囲気なのに、どの口が「じゃあ、入ります」と言えるというのか。いや、僕が出会いを求めていそうな、ぼんやりした顔をしていたせいかもしれない。「ぼんやりした顔選手権」があれば上位に食い込める自信があった。

一瞬、気持ちも萎えかけたが、それでも料理の基礎を学びたい気持ちが勝ち、当日入会を決めた。「体験レッスンからの当日入会率」というABCが最も重視するであろうコンバージョンレートの向上に一役買ってしまった。

以来、自分では決してつくらないであろう料理を学ぶこととなる。

俺のピザ。俺の甘辛チキン。俺のチョコレートケーキ。

これまで幾度となく目にしてきた数々の料理やデザートも自ら調理することによって「俺の」という所有格が生まれる。愛着も生まれる分、美味いと感じるよう脳が味覚に伝達する。本音をいえばぼちぼちの味だ。

でもピザ生地を両手を使ってこねて、丸くなっていく時のあの弾力のかわいさったら!とか、チョコレートケーキはホイップクリームとココアパウダーを上から乗せるだけで一気に商品感が出るな!という具合に、身近な世界の秘境を探訪しているような感覚を味わう。

たぶん次にピザを焼くのは何年先かわからないが、一度「ピザを生地からつくったことがある」という経験は、今後お店で味わう「ピザ」の味わいを更に一層引き上げてくれるような気がする。自分が調理したピザが1つの基準となり「俺のピザよりはモチモチしているな」とか「俺のピザよりも具材の乗せ方がうまいな」と感想が豊かになる。

自分が陶芸体験をやってみて初めて、陶器として売られているもののレベルの高さに気づくように。

そして通ってわかったことは、当たり前のことだが参加者は女性比率が高い。特に渋谷は女子大生が多く、ある時、平日の昼間に3人の女子大生に混じって料理レッスンをやった時は、そこにいる自分を俯瞰して、滑稽な姿に思わず吹き出しそうになった。

つくった料理を4人で同じテーブルで食すとき、女子大生たちが繰り広げる恋バナを興味がありそうにも、なさそうにも見える絶妙な顔をしながら聞いていた。「存在の耐えられない軽さ」という題名の本を思い出した。

学生が多い理由をきけば、ABCは学割で最大半額くらい安くなるらしい。良いところあるじゃないか、いや、そのための養分を自分が賄っている可能性すらある。男子学生諸君よ、料理は若いうちにやっておいたほうが色々な意味でQOLが上がるぞ!と伝えたい。

そして家で料理をすることが自分のなかの1つの楽しみとなった。料理における器の大切さも大事なのだと知った。

スーパーで美味そうなブリの切り身を見かけると「そういえば冷蔵庫の中に大根あったな」という記憶が結びつき「前にABCでつくった、ぶり大根やってみるか」というアイデアが湧きやすくなる。

俺のぶり大根だ。はっきり言って美味かった。でも2度目は失敗した。料理は奥が深い、いつもうまくいくとは限らない。

「具材はできるだけ同じ大きさで切ることで見た目も良くなるし、火の通りも均一になって良くなる」ということは料理研究家の友人に教わったことだ。ABCがすべてではない、料理本だって、クックパッドだって、キューピーの3分クッキングだって、なんだって良い。YouTubeの「料理研究家リュウジのバズレシピ 」も面白い。料理のハードルを下げてくれるものが好きだ。

また何より、自分が料理を習うようになって思ったことは、当たり前のようにいつも料理を用意してくれた母はすごかったんだなという思いだ。365日料理に休みはない。夏休みの時なんて、朝も昼も夜も違う料理をつくってくれてたわけで。受験勉強の時なんかは夜食もつくってくれた。何も大そうなことをしているわけではない、といった雰囲気で、「カレーはたまねぎをしっかり飴色になるまで炒めてからつくると美味しい」と言いながら、その手間暇をいとわずに美味しい手料理をつくってくれていた母に改めて感謝の念が湧いた。

それは世の中のお母さん、主婦の皆さん、料理をする旦那さん(あるいはお子さん)、出張料理人、飲食店で働くすべての人たちみんなに共通していえることだ。

人のために料理してる人はみんな偉いよ!

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