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The Black Tower/John Smith、そこかしこに点在する黒い塔

“ある土曜日、男は朝食を買いに出ようと街へ出たが、角の店は閉まっていた。仕方なくスーパーマーケットの裏通りを通った先で、男は見慣れた通りの屋根の上に黒い塔の一部がのぞいていることに気が付く。

なぜ今まで気がつかなかったのだろう?

その後2週間、男はその塔のことは忘れていたが、車が故障し、脇道に車を停めて待っていたとき、ふと見ると、向こうの2つのビルの間に同じ塔が無表情に建っている。
やけに近い。
男は黒い塔のことを隣人に話す。
隣人はそんな塔は見たことがないと言う。
ある日、帰りのバスを待っているうち、刑務所の外壁の向こうに建っている黒い塔を見つける。バスに乗り込み、やがて停車した工場の内側にもその塔が建っている…”。

John Smith「The Black Tower」(1987) は、accidental horror(=突発的なホラー)とも形容される。黒い塔は主人公の認知の中に建っている。そのために塔は、語り部の見るあちこちの風景に顔を出す。
実写作品である以上、塔は実態のある映像としてこちらへ提示される。(映っているのは実際にラングソーン病院の敷地内に建っていた給水塔だ。円形の塔の上に小屋が乗っかっているというちょっと変わった構成。1980年後半に取り壊された)。にも関わらず、画面に空いた平らな穴のような塔の姿は、奇妙に空虚な存在感と、やがて威圧を鑑賞者へと直感的に伝えてくる。本当はいないものの存在感。

最初の語り部が塔との邂逅について話し始めて、この作品が始まる。画面には何も映らないまま、観客は男の語りをただ聞く。
見慣れた民家の屋根の上にのぞく黒い塔の描写に差し掛かったとき、突如身動きしない真っ黒なものが画面に表示される。唐突な登場の仕方に、わずかな違和感がある。それが、淡々と続くモノローグと切り取られた風景を見ていくうち、だんだん薄っすらとした居心地の悪さに変わっていく(なんだか既視感があると思ったら、そういえばびっくり系ホラーで幽霊等々が突如表示されるあの感じと似ている)。怖いものが映っている予感だけを漂わせながら、お化けのように、身動きしない建築がそこにただ建っている。
そして、ほとんど静止画のようなカットが度々入るが、そこに挿入されるのは止まっているものを映している映像﹅﹅だ。けっして写真ではない。まるで生きていたものが止まっているかのようなずれた感覚を、静止画のような映像が伝えてくる。点在する黒い塔は、やがて、語り部にとって抑圧と恐怖に変わっていく。

実写作品でありながら、観客に伝わるのはほぼ語り手の内面世界だ。というのも、男の心理的状況を豊かに想像させるために様々な工夫が凝らされる一方、男の話している対象そのものがはっきり映ることは限定され、微妙にはぐらかされ続ける。
例えば、環境音。男のモノローグが主となり、語りを補足する形で道路の騒音や、鳥の囀りや、足音が挿入されていく。でも、走っている車や鳥の動いている姿は全く出てこない。
語りに合わせて塔や風景が表示されるものの、それらは状況を同じくした関係のないものだったり、または大きくトリミングされていたり、あくまでただの要素として登場する。ただの解体作業、ただの壁。どの部分の壁か、その周りの風景がどんな風なのか、観客は自分の中のイメージを膨らませるしかない。

その極地が観られるのが、男の朝のルーティンを語る場面。ここに至り、ついにただの色面が表示される。淡いオレンジの画面、ジュースを注ぐ音。青い画面、皿洗いの音。色が目の前の画面いっぱいに表示される。そしてこの画面も、決して写真の挿入ではありえない(ひょっとしたら技術上の理由なのかもしれないが)。色紙か何かをカメラの前に置いて撮ったのだろうと感じさせる僅かな奥行き、実体感、平面の向こうとの外界との接点。そのわずかな広がりが、むしろ男の内面の圧迫を伝えてくる。外の世界がある、しかしこの迫るような平面しか見えない。
と同時に遊び心も伝わってくる、構成の光る場面でもある。

絶妙に抽象的な表現が立ち上げる世界観のもと、不安定になりゆく男の語りに乗せて、物語が展開してゆく。やがて男は作品から退出することとなり、そして…

監督はJohn Smith。ロンドン東部在住。長年ここで活動してきた。
ロンドンのアート・文学系雑誌であるthe White Reviewにて、2014年に行われたインタビューでは、「私にとって、物語の詳細は重要ではなかった。重要なのは、物語がホラー、ミステリー、サイエンスフィクションのパスティーシュ(模倣)であり、ある程度没入型であることだった。私は視聴者を引き込み、心理的に関与させたいと思った」と語っている。
そしてこの穴のような塔は一体どのように撮影したのか?というと、じつは、実際の様子をそのまま撮っている。無反射の塗料で塗られていたのか、日差しの状態によっては継ぎ目なく真っ黒に見えることがままあり、その光景が作品の発想源にもなっているようだ。

他には「The Girl Chewing Gum」(1976) 「Citadel」(2021)といった作品を撮っている。「The Girl Chewing Gum」が最も有名な作品のようだ。街路を歩く人々に向かって、監督が指示を入れていく。その内容が次第に変質してゆき、観客は映像と音声がもともと別の物であるという事実に改めて気づく…というちょっと皮肉っぽく面白い作品。
「Citadel」はコロナ下の都市の姿を映し出した作品。英国ボリス首相の演説とともに、撮られた時間もさまざまな、(主に)一風景の姿を味わう。

約50年にわたる活動期間、作品多数。多彩な表現で撮影している。2013年、フィルム・ロンドンのジャーマンアワードを受賞。

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