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タイムカプセル

小学生の時、校庭の砂場にタイムカプセルを埋めた。タイムカプセルといっても青いビー玉1つだ。わたしは乗り気ではなかった。砂に触るのはあまり好きじゃなかったし、たった1つのビー玉が、何十年も砂の中で眠っていられるとは思えなかったからだ。
「二十歳になったらタイムカプセルを見つけに来るの!それでね、そのあと一緒にお酒を飲みたい!梅酒かな!」私の隣で冷たい砂に尻餅をついて、黄色いシャベルを握ったままユナが言った。一体何を埋めるのだろうと思ってしまうほど深く穴を掘っている。これじゃあ落とし穴を作っているみたいだ。
「梅酒は嫌だなあ」私は青いシャベルを砂にサクッとさしたままにしてなんとなく小石を集めた。小石を砂の上に滑らしてみる。「ユナととまりのタイムカプセル」まだ書道を始める前だったからガタガタの汚い字。
「すごい!看板だ!これで誰も掘らないね!」シャベルを握った手を大きく振り上げてユナが言った。黄色いシャベルがぽろっと穴に落ちた。
砂に書いた文字なんて明日には消えるだろう。もしかしたら次の休み時間にはもう無くなっているかもしれない。看板になるわけがなかった。
十一月の風は少し痛いくらいに冷たくて、冬が来る気がした。深い穴に青いビー玉を落として二人で砂をかけた。何も話さなかった。
 去年の冬休みに帰郷した時、ふと思い立って小学校まで歩いて行った。遊具は一式変わってしまっていた。冬の光を浴びてキラキラと輝いている。錆びたブランコもなければ富士山と呼ばれていた大きな遊具もない。あの時の砂場もなかった。やっぱり。九年前の杞憂が現実になった気がした。砂場がなくなってしまうかもしれないという心配ではなくて、もっと別のこと。
 ユナは今何をしているんだろう。どこにいるんだろう。私は彼女の連絡先すら知らない。二十歳になった。梅酒は飲まなかった。

【数年前の日記】


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