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私を傷つけたあの人を許すには?

昨日は7月から参加している瞑想会のミーティングでした。
今回のテーマは「許し」
私は、元同僚のAさんをテーマに話しました。
もう12年も会っていないのに、久々に思い出したら、みぞおちが痛くなるのは不思議ですね。

Aさんはとにかく気分屋でした。
機嫌が悪いと口を聞かなかったり、少しでも気に入らないことがあると相手を無視したり、気分が乗らないと仕事の手を抜いたり、今思い出すだけでも腹が立ってきます。

結局、私はその会社を退職しました。Aさんとの人間関係に疲れたのも、退職理由の一つでした。退職してもAさんを許せない自分がいて、さまざまなワークをしたり、47歳にして初めてセラピーを受けたり、自分でカウンセリング手法を学んだりしました。

その頃の私は「許した」と思いこもうとしていました。許せないと一番苦しいのは自分だとわかっていたし、許せない自分は大人気ないとさえ思っていましたから。

そんな「エセ許し」だったので、結局状況はあまり変わらなかったですね。退職してから数年は「Aさんに街でばったり会ったらどうしよう?」と、外出時にドキドキしたのを覚えています。Aさんが夢に出てきてうなされたことも何回かありました。それぐらいAさんと会いたくなかったし、許せていなかったと思います。
だってきちんと許せていれば、12年後の昨日、Aさんをテーマに話すことはなかったはずですから!笑


「根源的な許しとは、罪などはじめからどこにもなかったという立場から『許す』こと」

昨日のミーティングでまずこれを聞いた時は、正直まったく納得できない自分がいました。頭ではわかるけれど、気持ち(心)がどうしてもついていかない。皆さんとのシェアタイムでも「わかるけれど、でも」と、私は頭の中で何度も繰り返していました。

私の中で、Aさんは間違っている人でした。

機嫌が悪くても、周りに当たり散らすべきではない
自分の機嫌ぐらい自分で取るべき
同僚をもっとリスペクトするべき

私はいつもこう思っていたし、大人の常識ではそうだし、私の考えが絶対正しいと信じていました。(なんと強力な思いこみ!)

だから「許し」と聞くと、なんか負けたような気分になるのです。
Aさんを許したら、私が間違っているの?
Aさんを許したら、私が悪いの?
「それは絶対嫌だ!」と思いました。

ジャッジの世界に入った途端に、答えは二択です。
勝つか、負けるか?
正しいか、間違っているか?
善か、悪か?

私が正しいなら、Aさんは間違っている。
私はかわいそうな被害者で、Aさんは加害者。
自分のポジションに執着し「許すなんてとんでもない!」となりますね。


真実は、相手や起きた出来事が悪いのではなく「私がそれを嫌だと感じているだけ」

これを聞いた時、Aさんとの人間関係で、さまざまな感情を経験したのを思い出しました。
傷ついた、つらい、悲しい、怖い、嫌だ、緊張する、怒り(Aさんにも、振り回された自分にも)、後悔、恨み
今これを書いていても、当時のつらかった感情や怒りが沸いてきて涙が出てきそうです。

こういう感情があったことは、忘れなくてもいいのですよね。
つらい体験ではありましたが、そう感じていた自分のことは、ありのまま受け入れてあげたい。

ところが、この感情と起こった出来事をつなげてしまうと「私をこんな悲しい思いをさせたAさんを許せない」になるのです。ここを切り離して考えることが、私にとっては許しの第一歩かもしれません。


ここまで書いてみて、わかったことが1つあります。
正しい・間違っているの世界にいる限り、私は正しい自分を証明し続けるために、ずっと戦っていかなくてはならないことに。
でも証明するって、誰に対してですか?戦うって、誰とですか?
Aさん?それともまわりの人?
実はそうではなくて、自分自身に「正しい」と証明したくて、許せない自分自身と戦っているんですよね。

私がジャッジの世界(Aさんに罪がある)で物事を見る限り、私はAさんを一生許せない。だって私が正しいと信じたいから。
ワークをしても、セラピーを受けても、カウンセリング手法を学んでも、今ひとつ許しきれなかったのが、ようやく腑に落ちました。


Aさんに罪がないと言い切れるかと聞かれたら、まだ自信はありません。
でも「Aさんに罪がない」という世界に入れば、私は自分の正しさを証明する必要がなくなります。そして自分と戦い続けることも終われます。
その時初めて、私の心に平和が訪れ、私にとっての本当の許しが完了するのかもしれません。

「Aさんに罪がない」という世界が存在している
これを知ることができたのが、私にとって今回の大きな収穫でした。


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