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ロベルト・ボラーニョと海外ミステリ


・はじめに

 先日、ロベルト・ボラーニョの本や執筆に関するエッセイ集"Between Parentheses  Esseys, Articles and Speeches"を購入し読んでいたところ、ボラーニョが意外とミステリを読んでいて、なおかつ評価していたので、ひとまず記事にまとめようと思いました。
 ボラーニョを通じて「文学」と「ミステリ」、「ストレート・ノベル」と「ジャンル・フィクション」(対立事項ではないですがあえてこのような書き方をします)が邂逅していて面白く、もしかしたらご興味のある方もおられると思います。
 拙い私の英語力ですが、お付き合いいただければ幸いです。

・まずロベルト・ボラーニョについて

 詳しいことはこちらをご参照ください。

 ロベルト・ボラーニョはチリ出身の作家で、邦訳のある著作に大作『2666』や『野生の探偵たち』、また短篇や長篇を集めたボラーニョ・コレクションがあります。

・ボラーニョとトマス・ハリス『ハンニバル』

 まず、ボラーニョは書評をDiari de Gironaに寄稿していたようですが、そこへの寄稿を辞め(理由は判明していないそうです)、チリの新聞Las Ultimas Noticiasに書評を掲載するようになりました。
 この新聞への寄稿はDiari de Gironaでの記事を再利用する形になることが多かったようですが、健康上の理由から徐々に寄稿が減ったそうです。
 記事が掲載された日時を特定することは難しいようですが、両方合わせて大体1999年1月10日から2000年4月2日までDiari de Gironaで、2000年7月30日から2003年1月20日までLas Ultimas Noticiasで寄稿していたようです。

 ここでようやく『ハンニバル』についてです。
 『ハンニバル』といえば、『羊たちの沈黙』で一躍有名となったトマス・ハリスが書いた、ハンニバル・レクターを主人公としたサイコ・スリラー・ミステリです。
 ボラーニョは、この作品についてこのようなことを書いています。

”Strange, this novel.(中略)I wish most contenporary novelists wrote this well. Thomas Harris has read the classics of English literature.(中略)And he knows how to pace a story. He isn't a great novelist. He's a craftsman,(後略)”

 「現在の作家たちだったらもっとうまく書くだろう」、と述べていますが、偉大な小説家ではないが(小説)職人として優れている、とも述べていて、ディケンズやスティーヴンスン、ジェイン・オースティンやブロンテ姉妹のような古典を読んでいるのだろう、とも書いています。
 また、一ページ弱の短い書評ですが、以下のようにボラーニョはレクターのキャラクター性を絶賛しています。
 例えば、

"And Hannibal Lecter is a great character.(中略) His views on crime are chaotic.(中略)His views on pain and the brevity of life can be magnificent, and they make him a virtuous hero. The secondery characters are at once believable and implausible: in other words, they're literature."

 補足で、"they"とはキャラクターのキャラクター性のことでもあると私は解釈しています。それはもう「文学」の域である、と言っているようです。
 レクターの「痛み」や「人生の短さ」についての観点は壮大で、それらがレクターを高潔な(道徳的な?)ヒーローにしている、とも述べています。
 それに、サブキャラクターたちに真実味とありえなさを感じ、それが文学性につながっている、と私は解釈しました。
 また『ハンニバル』の、特にレクターの持つ様々な価値観について、他にもボラーニョは褒めています。

・ボラーニョとウォルター・モズリイ

 ウォルター・モズリイの書評では、ボラーニョはモズリイの主要シリーズであるイージー・ローリンズ・シリーズの紹介に終始しています。作品への価値判断はあまりありません。
 ここで注目したいのは、ボラーニョがそれなりにミステリを読んでいたのではないか、と推測できる点です。
 例えば、

"(前略)like the protagonists of Chandler, Hammett, Jim Thompson, or Chester Himes.(後略)"

 モズリイの新作まで読み、チャンドラー、ハメット、ジム・トンプスン、チェスター・ハイムズも読んでいるということは、それなりにミステリを読んでいるだろうことは推測できる……と思います。
 また、イージー・ローリンズ・シリーズの作品も、そのうち二作は偉大であるか偉大にとても近いと述べています(どの作品かはわかりませんでした)。
 ローリンズのキャラクター性が上記のような作家の主人公に近い、と述べているのはかなりの賛辞だと私は思います。

・ボラーニョとジェイムズ・エルロイ『わが母なる暗黒』

 小説ではありませんが、ボラーニョはジェイムズ・エルロイの自伝的作品、『わが母なる暗黒』も絶賛しています。
 ボラーニョは自伝が嫌いであり、ガルシア=マルケスの自伝すら読めず、かつそれは評価できない、とも述べています。
 そんなボラーニョがその頃に読んで評価した自伝がふたつあり、ひとつはMartin Amisの"Experience"、そしてもうひとつがエルロイの『わが母なる暗黒』です。
 その中でボラーニョはこう書いています。

"Ellroy, whom many look down upon for stupid reasons like the fact that he's a genre writer, writes a twisted memoir, a book that springs strait from the verge of hell."

 「エルロイはジャンル作家という愚かな理由で多くの人から見下されているが」とエルロイを擁護するかのようなことを述べ、また『わが母なる暗黒』について「地獄の淵までまっすぐ弾き飛ばすような本だ」とも述べています。
 またボラーニョはエルロイ自身も褒めており、以下のようなことを述べています。

"(前略)that the abyss can look back. Ellroy, knows it too, whether or not he's read his Nietzche, and that's the main difference between them: he keeps his eyes open. In fact, he doesn't just his eyes open. Ellroy is capable of dancing the conga with the abyss staring back at him."

 ここではAmisの自伝との違いを述べつつエルロイについて語っているのですが、両者とも、ニーチェが言うところの「深淵が見つめ返してくる」ことを知っており、Amisの目はあえて深淵を覗かず、エルロイの目は深淵を見つめ、彼には深淵に見つめ返されることを許容する力がある、と述べています。
 また、『わが母なる暗黒』自体の評価については、以下のように

"Ellroy's book, in contrast, is a model book. The second and third parts, (中略), are the best things written in the literature of any language in the last thirty years."

 と、『わが母なる暗黒』は「お手本」であり、特に第二章と第三章は「ここ三十年のうちほぼすべての言語で書かれた文学のなかでベスト」とまで言い切っています。
 これは最高の賛辞だと思いますが、ボラーニョの自伝に対する価値観がものすごく出ているところだとも思います。

・おわりに

 ここまで、トマス・ハリス、ウォルター・モズリイ、ジェイムズ・エルロイと見てきましたが、このエッセイの中ではもちろんストレートノベルについても多く触れられていますし、また他にもフィリップ・K・ディックに触れた書評もありました。
 機会があり、需要があるならもう少し紹介してみても良いのかな、と思います。私の拙い英語力に我慢していただけるのでしたらですが。

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