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【美術館やアートの楽しみ方】 #01 「展示の順番」を楽しもう (2019フィリップス・コレクション展より)

今回は、美術館や展覧会での「作品展示の順番」のことについてまとめてみました。

題材にしたのは2019年に東京で催された『フィリップス・コレクション展』(三菱一号館美術館 2018年10月17日〜2019年2月11日)です。


1、まずフィリップス・コレクション展(2019)の紹介

『フィリップス・コレクション』というのはアメリカワシントンにある有名な私立の美術館のことで、ダンカン・フィリップスという金持ちが1918年に設立。
主に近代以降の作品を所蔵しているが、近代美術を蒐集する美術館としてはアメリカで最も早くできた近代美術館と言われている。

コレクターであるダンカン・フィリップス(1886-1966)にスポットライトが当てられた美術展で、「彼が人生をかけて、どういう順番で美術作品をコレクションしていったか」がわかるように作品を展示するという、とても斬新なキュレーションがされた美術展であった。

2、美術展での「作品展示の順番」とは

通常、美術展の入り口をはいると、どういう順番で作品が展示されている印象だろうか。

多いのは、「テーマ型」か「完成年代順」だろう。

たとえばピカソの美術展に行ったとすると、まず、まだ若き20代のピカソから始まり、30代のピカソ、40代のピカソと続き、最後の部屋では晩年の80代のピカソの遺作を鑑賞。

このように、「作品が完成した年代の順番」で展示されることは多い。鑑賞者側も頭の整理がしやすいからだ。

この「展示順」を考えるのはキュレーターという職種の仕事だ。
将来の美術展の開催が決まると、どの作品を展示すべきかを選び、そしてそれをどの順番で並べて鑑賞してもらうと、その美術展の伝えたいメッセージが伝わりやすいか、キュレーターたちが練りに練って検討し、決めているのだ。
私たちが普段なにげなく美術展の流れにそって作品を眺めているが、その裏では、相当あーだこーだと議論されてやっとのことで展示作品順は組まれているのだ。

3、美術館の中は複数の時間が流れている

今回の美術展では、他ではなかなか見ることのない「コレクターによる購入時期順」というめずらしい趣向での展示であった。

この展示方法をとることによって、美術展の会場には「3つの時間」が流れていた。

1つはもちろん「鑑賞者」の時間である。
2019年現在の日本に生きている私たちの時計が刻む時間。

もう1つが「作者である画家」の時間。
画家が何日もキャンバスに向かい、作品を描いている瞬間の時の刻み。

美術館という空間は、たとえどんな展示内容であっても、この“鑑賞者と作者”というふたつの存在が(ふたつの時間が) “出会う場所”であることは普遍である。

鑑賞者と作者、それぞれの生きた時代が “交差をする地点”が美術館ともいえる。

たとえば、
1880年代に描かれた印象派の作品があるとする。これを、1920年代のアメリカ人が鑑賞する場合と、2010年代の日本人が鑑賞する場合では、同じ作品でも受け取り方はやはり異なってくる。
それは、鑑賞者側における時代の状況や文化の背景が異なるからである。

そして今回はこれらに加えてもう1つ、「コレクターの生きた時間」にもフォーカスが当てられている。ダンカン・フィリップスの生きた時の流れが、展覧会の空間に再現されている。
これによって、同空間に「3つの時間」が交差する展覧会が形づくられることになった。
「鑑賞者、作者、コレクター」の交差である。

4、鑑賞者・作者・コレクターの出会い

具体的に示そう。
たとえば、当展覧会の第1章は『1910年代後半から1920年代』というテーマタイトルである。

これはコレクターであるダンカン・フィリップスが作品を購入した時代の区分だ。
フィリップスは1886年生まれだから、1920年の時点で34歳。
つまり第1章では、「コレクターが30代の頃」の興味の方向性が浮かびあがる。

「1923年」に収蔵された、シスレーの『ルーヴシエンヌの雪』(1874年)が展示されていた。

ルーヴシエンヌというのは当時シスレーが暮らしていた町の名前である。

1874年にシスレーが描いたフランス地方都市の冬景色を、1923年に37歳になったフィリップスが感銘を受けて購入し、それを2019年の日本人の私たちが鑑賞しているのである。

1874年のシスレーがどういう状況でこの絵を描いたかを勉強すればするほど作品の理解は進む。
それに加えて今回は、1923年時点のフィリップスがどういう状況におかれており、どういう意図でその作品をコレクションに加えたのかという視点でも鑑賞することができる。

多重構造で奥行きができたことで、よりその作品がたどってきた運命を深く感じとることができる。

5、まとめ 〜展示の順番を楽しもう〜

今回の美術展の「展示の順番」(テーマ構成)は以下である。

第1章 1910年代後半から1920年代
第2章 1928年の蒐集
第3章 1930年代
第4章 1940年前後の蒐集
第5章 第二次世界大戦後1
第6章 第二次世界大戦後2
第7章 ドライヤー・コレクションの受け入れと晩年の蒐集
第8章 ダンカン・フィリップスの遺志

これはコレクターが生きた時間の流れである。
コレクターの興味や方針が、印象派からポスト印象派へと展開し、40代になるころにはボナールやドーミエといったフィリップスが特に敬愛した作家たちとの出会いがあり、そして後年には現代現役作家であるピカソやジョルジュブラックたちキュビズムへの高い評価。

こうした「コレクター自身の興味や方針の変化」という視点は、“今回の展示順”をとらなければ、鑑賞者たちは得られなかった理解の獲得である。

「キュレーションのおもしろさ」を体感できる機会となった。

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