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【バグ】 統失2級男が書いた超ショート小説 

菅谷誠には死んだ記憶が3つあった。しかしそれは朧げで確信が持てない。3年前にバイク事故で頭を打って2日間気を失っていた事があり、それ以降、事故前の記憶は貧弱な物になっていた。その貧弱な死んだ記憶としては、1つ目が街を歩いていたら上から人が降って来て衝突してしまったというもの。2つ目がフェリーに乗船中、甲板から夜の海を眺めていたら背後から何者かに海に突き落とされたというもの。3つ目が自宅への押し込み強盗に刺されたというものだった。しかし誠は生きていた。死んだ記憶は微かにあるが、助かった記憶は全く無い。更にバイク事故の記憶も全く無かった。気が付いたら病院のベットの上だったのだ。「この世界は仮想現実の世界で、俺は何度もリタイアしたのに、何者かの手に依ってその都度この世界に引き戻されているのかも知れない」誠はそんな事を考えながら、トラックのハンドルを握っていた。明日の朝4時までに大阪の青果市場に到着しなければならない。睡魔と戦う為に誠はブラックコーヒーを口にした。そしてその瞬間、全てを思い出した。

大嶺香織は夫と2人でパン屋を営んでいた。小さなパン屋だったので人を雇う必要はなかった。夫の省吾がパンを作り、それを香織が陳列し、レジでボタンを弾いていた。今日も19時には店を閉める予定だ。時計に目をやると18時44分になっていた。売れ残りも少なく香織は安堵する。そんな閉店間際の店に1人の客が入って来た。始めて見る顔だった。香織は愛想良く「いらっしゃいませ」と声を掛ける。その客は陳列してあるパンには一瞥もくれず、レジに一直線に向かって来る。そして香織にこう言った「私は菅谷誠と云う者で、大嶺省吾さんに3回殺された者です、今日は大嶺省吾さんを殺しに来ました」香織は返す言葉も思い付かず、一瞬戸惑ったが、それからゆっくりと恐怖感が湧いて来た。そして我に返り店の奥に逃げ込む。すると調理器具を洗っている筈の省吾が床に倒れていた。香織は泣き出しそうになりながら、それでも冷静に救急車を呼び、次に警察を呼んだ。

救急隊員が先に到着し数分遅れで、2人の警官が到着した。香織はパニックになる事もなく救急隊員と警官にそれぞれ対応する。救急隊員が省吾を救急車に乗せて発車した後、警官と話したが、警官が店に到着した時、あの不審な男は店頭には居なかったらしい。警官は「周辺のパトロールを強化します、また何かあったら気兼ねなく110番して下さい」との言葉を残して帰って行った。

病院に向かうタクシーの中で香織は声を出さずに泣いた。そして今日の出来事は過去にも経験しているような気になっていた。

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