【旅レポ】沖縄で知らない人と旅をしてみる〜旅、付いてこられてもイイですか?〜


「あなたお酒は飲む?」
「一滴も飲みません。」
「じゃあタバコは?」
「やりませんね。」
「じゃあ、ギャンブルもしないわね。」
「ええ。」
「あなた、結婚に向いているわ。あなたが結婚するとき、私を絶対に呼んでね。約束よ」

そういっておばあさんは私の手を握りしめる。まるでその手の先に確かな未来があるとでもいうように。私があいまいに笑っていると、だめよ、絶対結婚しなさいねと念を押す。きっと傍目には、おばあさんと孫のかわいらしいやり取りに見えただろう。だが実際には、我々は26時間前に会ったばかりの赤の他人なのだ。

共犯

話の発端はここから始まる。12月のある日、私は遅い夏休みを満喫していた。スーツケースひとつだけを持って、あてもない沖縄一人旅。

沖縄は何度も来ているから、ガイドブックはもう不要。今回は新しく何かを見に行く旅というよりも、前に見たものを確認しにいく旅だ。2年前に来た、同じ場所に同じ季節に訪れてみる。変わらないものを見ていると、自分の中の変化に気づくことがある。その変化を、どうしても感じてみたかった。あのときよりも、成長していると言えるか。

私は2年前の影を追いかける。そして2年前の思考を思い出そうとしていた。台風にさらされ、海風になぶられ、冬の訪れとともに太陽の侵食をまぬがれた灰色の沖縄に、自分の影を探していた。

ここが変わった、ここは変わらない、変えた、変えられなかった、変えるべきだった。頭の中ではあらゆる反省が、極彩色のマーブル模様のように入り乱れる。

自分の幻影を引き連れて、国際通りを目指していく観光客とは逆方向に歩き出す。せっかくの沖縄を楽しみましょう、と声高に豚とステーキを勧めるキャッチをかわし、目指すのはある店。人のまばらになる浮島ストリートから、入り組んだやちむん通りを抜け、車の入り乱れる交差点を渡った壺屋というところに、その店はある。

そこはおよそ観光用とは程遠い、住宅街にある一軒家だ。年季の入った店でおばあが一人で切り盛りしている。提供されるのはその時、その店にあるもので決まる。すなわちメニューにあっても無いものは出せないし、あればどんどん出てくる。ピラフのおかずとして白飯が出てきたり、沖縄そばに近所のスーパーで買ったパンが添えられていたりする。

組み合わせはやや不思議ではあるが、食事そのものは沖縄の普通の家庭料理だ。それでも、おばあの顔見たさと会話目当てで、観光客もご近所さんも集まってくる。

おばあとは縁あって2年前から知り合っていて、今回の沖縄滞在では夕食は必ずこの店と決めていた。この店で夕食を取るのも、以前と旅と同じだ。すでに勝手知りたる門構えなのだが、何度見ても民家にしか見えず、一瞬入るのに躊躇する。

「こんばんわ。」

すると、今日はもうすでに先客がいた。小さいお店のテーブルの奥には、ちょこんと二人のご夫人が座っている。この店の席数はせいぜい4人までであり、人が入れば自然とテーブルを挟んで相席するスタイルになる。手前の席に座ると、先客と目が合う。「あらまあ、こんばんは。」

こんばんは。
「あなたもはじめてきたの?」
いえ、何度か来たことがあります。
「あたしは初めて。この人に連れてきてもらったの」

聞けば、お二人のうち一人は常連らしい。もう一人のおばあさんは今日始めてこの店に来たという。相席スタイルに慣れていないのか、またはあきらかに観光客が飛び込んできたことが物珍しいのか、しげしげとこちらを見つめる。

相手がこちらを観察していることを隠さないときは、ゆったりと構えて検分されるのを待つのが基本である。実は、相手と交流をしやすくなるかどうかは、会話ではなく、この相手の検分する時間を許容できるかどうかにかかっている。「あなたを見ていますよ」という目線をこちらが「受け取りました」という態度を取ると、相手はコミニケーション可能だと了解してくれて、交流が始まるのだ。

たいていの場合は、自分はそういったコミニケーション可能のサインをオフにして生きている。半分は意図的なものであり、半分は習慣から来ている。そうしておくことで、一人でいるスペースを確保することができるからだ。世界と自分の一人きり、それが通常のスタイルだ。

が、しかし、なぜだかその日はそうはしなかった。誰かと交流せざるをえない、おばあの店の設計によるものかもしれないし、無言のまま過ごすには壺屋の空気が浮つきすぎていたのかもしれない。沖縄の冬の夜は甘くうらぶれて、涼やかな風が吹く。始まりも終わりもなく、どこまでも続くよう。こんな夜には、何かあるに決まっている。

私は、そのとき自分の設計を意図的に変えた。進路変更。

「観光客さん?」
そうです。東京からきました。
「あらあ、そうなの?いいわねえ」

おばあがてんぷらを揚げる音を後ろ手に聞きながら、ポツリポツリと会話を交わしていく。おばあさんは普段は、中華式庭園で有名な福州園でボランティアをしているのだそうだ。週三回、朝九時から十二時くらいまで、草むしりや落ち葉掃きをしている。観光地とあって観光客に道を聞かれたりするのが楽しくてしょうがないそうだ。

「人の役に立つのが嬉しくって。孫には、おばあちゃん、掃除なんてつまんないことしているのに、毎日とっても楽しそうねって言われているの」

まったく使い慣れていないというスマホの画面には、声をかけてきてくれた観光客との写真が小さく光っている。観光地のちょっとした有名人だ。

「この年になったら、孫も大きくなっちゃって。もうじき大学生だから、なかなか遊びに忙しいでしょ。さびしいけどしょうがないって思ってたけど、こんな風に誰かと交流できるって、とっても嬉しくなっちゃって」

誰かと交流できることが嬉しい。

「そう、あなたと会えたのもうれしい。今日、この人と一緒にこの店に来てとってもよかった」

すると、後ろから山盛りのてんぷらを持ったおばあが言う。「この子、友達がいないから友達になってあげて」。

沖縄特有の衣のたっぷりのった天ぷらが、恥ずかしげもなくテーブルに乗る。おばあは確信を持ってうなづく。「おとなしいけど、この子はいい子だよ」。

何を言ってるのかと振り返ると、そのおばあさんは明るい声を出す。
「あらあ、じゃあ友達になりましょう。」

あ、あ。はい。

「友達ができた、よかったさ~」おばあはにこにこしている。
「ねえ、せっかくだからどこかに遊びに行きましょうよ。あなたの行くところに、付いて行ってみたい。」おばあさんもにこにこしている。

「よかったさ~。観光して、遊んでおいで」おばあは天ぷらとそばとパンをテーブルに並べて言う。なんだこの組み合わせは、と思ったがそういう店なのだ。ありえないようなことがそのまま並んで、まるごと人生に与えられてしまう。

でも、自分は結構、遠くまで行きますよ?

「いいわ。私はいつも行くところじゃないところに行ってみたいの。」

初対面の出会ったばかりの人と旅をするなんて、どう考えても普通の状況ではない。常識的な判断が働いていれば、なんのかんのやさしい理由をつけて断るだろう。少し嘘をつけば、いつも通りの一人旅が待っている。

安全運転で行こう、と思って口を開くと自分でも思いがけない言葉が出た。
「行きましょう。」

壺屋のちいさな店の空気がぱあっと輝いた。「よかった!うれしいわ。あなたとどこか行けるなんて、うれしい!」なぜかおばあも喜んでいる。「よかったさ~。友達ができたねえ。」おばあさんの同伴者も嬉しそうにうんうんうなづいている。何かに活気付けられたのか、近くの犬もほえ始めた。なんだこれは。

こうして私とおばあさんは、共犯して旅に出ることになったのだった。これはひとつのたくらみであり、挑戦である。そんな気がした。

それじゃあ、明日、県庁前のバスターミナルで待ち合わせましょう。
そういって、おばあさんと壺屋の店で別れた。

出発

翌日、私は県庁前のバスターミナルにいた。時刻は昼の12時。ターミナル付属のファミリーマートで飲み物とお菓子を買って、旅の前の腹ごしらえ。昨日会ったおばあさんー名前は當間秀子さんというーを待つ。イートインコーナーのガラス越しに通行客の行きかいを眺める。

正直なところ、この手の約束はドタキャンも多い。その場では盛り上がってもその後はまるで約束などなかったことになる、そういったこともあるだろう。ごめんなさいね、ちょっと用事ができちゃったものだからー。當間さんを待ちながらも、どこか冷静に空振りになったときのための心積もりをしておく。

期待しないことが心の平安にもっとも寄与するんだぞ、と心を引き締めていたら、あっさり見覚えのある姿がガラスの向こう側に見える。當間さんだった。一部の隙もなく、昨日の當間さんだった。昨日とは違うカーディガンの色だが、同じリュックと帽子。本当に来てくれたのだ。

「今日は楽しみにしていたから、福州園の仕事はさっさと切り上げてきちゃった」と言って、當間さんはコンビニでいそいそと私と同じ食べ物を買い込む。

「でも、お昼がチロルチョコなんて、あなたそれでお腹すかないの?」
すみません、これが昼ごはんなんです。

今日目指すのは、沖縄南部に位置する久高島である。異界ニライカナイに通じているとされ、琉球の神アマミキヨが最初に降り立ったとされる神話のある聖地だ。1970年代までは女性祭司による独自の祭りが行われていたことでも知られている。南部の有名な観光名所、斎場御嶽の三庫理から見えるのもこの島だ。この島を訪れるのは二度目になる。

久高島も有名な観光地だから、沖縄の人は一度は行ったことがあるのだろうと思っていたら、そうでもないらしい。

「ふだんは、歩いていけるところばかりだからね」と當間さん。沖縄は車文化だから、歩きやバスや自転車で回るには他の観光地よりも少し不便なところがあるのだ。バスに乗るのも久しぶりだという。

観光専用のツアーバスでなく通常のバスで久高島に向かうには、那覇バスターミナルから38番線のバスに乗るしかない。多くの場合は車で観光するからか、有名観光地行きのバスにも関わらず人は少ない。ガランとした車内に、ポツリポツリと客がいるだけ。

バスに乗り込んだところで、少し身を引き締めた。さて、これからがコミニケーションの本当の始まりである。これからは本格的に二人旅だから、周囲の関係性でごまかされることのないやり取りとなる。普通、人と初めて交流するときは、フレンドリーさを気取ってはいるが、水面下ではお互いのぎこちない空気の移動が始まる。そして徐々に双方の温度やトーンが形作られ、互いの中で何らかの感情と判断が生まれ、関係性が決まる。

この始めどきというものは、表面にただよう空気感と反して、若干の緊迫感を感じるものだ。昨日の話を振り返りつつ、生活のディテールを聞きだし、友好的な関係を築く。理想的な会話のガイドマップをざっと頭の中に描いた。さあ、ハンドリングは自分がするんだぞ、とすっと空気を吸い込むと、あっさりとおばあさんは言う。

「あなたといられて、とっても嬉しい。私はラッキーよ」。昨日会ったときのトーンそのまま、ご老人特有の、なめらかで軽快な調子で私の手をぽんぽんとたたく。

少し拍子抜けする。こちらがいろいろ尽くしてたどり着かせようとしていた感情を、あっさりと當間さんは差し出す。

私といて、ですか。
「そうよ、あなたっていい子だもの。私はラッキーよ。嬉しいさあ」

こちらのことを何も知らないのに、そんなことを言ってもいいのだろうか。もし自分が極悪人であったら、どうするのか?それでも當間さんがこちらに見出した善良性は、わずかに自分をうろたえさせた。當間さんが信じている善性に足るものを、自分が持っているとは思えなかった。しかし、それを否定できるほどの悪意も見つけられなかった。これは善良である証拠であるー、といえるだろうか。

思案していると、當間さんは少女のように喜んでいる。ー本当に「少女のように」喜ぶことができるのは、案外少女ではなく老女だー「フェリーに乗るのも、何年ぶりかしらねえ」安座間港から乗るのです、と私がいうとバスは緩やかなカーブを描いて市街地を抜けた。當間さんの向こう側のガラスに、ざっと青鈍色の帯が一面に広がっている。海だ。

久高島へ

安座間SUNSUNビーチという冗談みたいなバス停で降りて、安座間港へ向かう。ここから久高島行きのフェリーに乗る。

チケットを買っていると、當間さんは売り場の人に話しかける。「あたし、今日、この方にここに連れてきてもらったの。昨日初めて食堂で会ってね」チケット売り場の人は、「はあ、初めて会ったばかりの人なんですかあ」と驚いている。私は共犯者らしく、うっすらと微笑んだ。出発時間までは港にうろついている猫と遊ぶ。ちょっと撫でただけで、ごろりと横になっておなかを見せる。ここの猫も善良性のかたまりらしい。

フェリーは小型で、30~40人ばかりが乗れるぐらいのサイズだった。観光客はまだ見ぬ神の島に期待を膨らませて、船に乗り込む。この日はあいにく曇天で、海もしけ気味だ。空の色を反映して灰色がかって唸る海を船は二つに割って進んでいく。

乗船して30分ほどで船は久高島に到着した。海の振動が体から抜け知らず、しびれた意識のまま島に上陸する。風がどおっと吹く。沖縄自体も島国であるが、久高島はさらに小さい島であるから、余計に風を強く感じる。

久高島を回る主な交通機関は、自転車である。フェリー乗り場に近い主要案内所で自転車を借りる。最終のフェリーが迎えに来るまでの一時間半が今回の滞在時間だ。

案内所から5分くらいで、イシキ浜に到着する。入り口に自転車を止め、歩いて海に近づいていく。

當間さんは海のはるか向こう側を見据えている。久高島の海はさえぎるものがない。目の前に広がっているのは、一面の海と天の境目を知らせる低く垂れ込めた雲だけだ。こんなところであれば、たしかに神話も生まれるだろう。2年前に来たときと、変わらぬ光景だ。

今さらではあるが、はたしてこの景色は當間さんにとって楽しいものであるのか。多少は楽しめるような会話を提供しなくてはいけないかもしれない、と思うと當間さんはくるりと振り返っていう。「今日、あなたにこんなところにつれてきてもらって、とってもよかった」

ほんとうにそう思いますか。
「だって、ひとりだったらこんなところに来ることないもの。つれてきてもらえて、嬉しいさあ」

風がびゅっと吹く。

當間さんの顔から嘘と取り繕いを探そうと顔を良く見てみる。すべての持ちうる警戒心を自分の全身から取り出す。しかしそこにあるのはただ當間さんの顔と、久高島の雄大な景色だけだ。

「あなたについてきて良かったあ」
私は、當間さんが思うような、善良なものでは、けっしてありませんー。
「え?なんて?」
風が鳴る。ごうごうごうごうごう。

私は、當間さんが思うような、真っ当で、まっすぐな人間ではありません。風にまぎれて雨が混じっている。沖縄の風は海のにおいがする。雨に顔をしかめる。

この2年間のザマを、何もかもぶちまけたい思いに一瞬とらわれた。この強風の中で叫んだら、伝わるだろうか。自分がどれほど、惨めな人間であったか、評価に足らない人物であるのか、この雨風の中でなら聞いてくれるか。

私は島に挑戦されている。凶暴な風になぶられて、そのうねりに合わせて島は上下左右にゆらいでたなびく。この島に置いて、強固に立ちすくんでいるのは自分だけだ。

と、思ったらその風の動きに影響されないものがあった。當間さんはゆっくりと動く。何事もなかったかのように。こちらに向かって歩いてくる。

「雨が降ってきて、寒くなっちゃったわね。ちょっとだけ見て、案内所であったかいものでも飲みましょうよ」。

私は拍子抜けしてしまった。と同時になぜかほっとした。風に撫でられながら、入り口に置いた自転車を取りにいく。自転車でその辺を周遊して、案内所に戻る。

旅先で飲むコーヒーというものは、どうしてこう身に染みるのだろう。砂糖一袋とフレッシュ一個。案内所はフェリーの迎えを待つ人がすでにちらほらいる。誰しも皆、この数十分で離れるこの島を少しでも記憶に残そうとするのか、遠くを見やっている。外では雨風が吹いているとは思えないほど、案内所は明るく乾いている。

當間さんは注文したコーヒーの砂糖の袋をくるくると折りたたむ。不思議がっていると、これはおまじないなのだと教えてくれた。沖縄限定のまじないなのか分からないが、お守りとして小さく細長い紙切れを結んで、弁当や重箱に入れる風習があるそうだ。その習慣があって、細長い紙を見るとつい結んでしまうらしい。

誰かの守護をするための習慣が、こんな形になって現れてくる。小さくまとまって、善良。この即席のお守りは、まるで當間さん自身みたいだ。

疲労した体にコーヒーと砂糖のエネルギーがすみずみまで行き渡ったころ、館内放送が入る。安座間港行きの最終フェリーが来たのだ。惜しいような解放されたかのような顔で、みなフェリーに乗り込む。案外、見知らぬ小さい島にいる状態は、ストレスでもあるのかもしれない。

行き先と同じような粘性のある海を裂いて、船は沖縄本島に戻っていく。観光客はみなどこか放心したような顔だ。心のどこかを島に置いてきたとでも言うように。波に揺られて、小型のフェリーが上下するたびに体験を記憶にしていく。この身に訪れたあらゆる感覚と感情を、楽しかった旅の記録としていくのだ。すこしづつ切り落として、すこしづつ忘れて、簡素で小さく確かな記憶に。

多少の感傷に浸っていると、當間さんはこちらの顔を覗き込む。

「あなたお酒は飲む?」
肩をそびやかす。「一滴も飲みません。」
「じゃあタバコは?」
「やりませんね。」
「じゃあ、ギャンブルもしないわね。」
「ええ。」
「あなた、結婚に向いているわ。あなたが結婚するとき、私を絶対に呼んでね。約束よ」

そういって當間さんは私の手を握りしめる。私はあいまいに笑う。

私は當間さんが思うような、真っ当な人間ではありませんし、あいにくそういった予定はありません、というと當間さんは口を尖らす。「あら、これからやればいいのよ。あなたはいつだって何でもできるじゃない。絶対よ。」

いつだって、何でもできる。そうだろうか。

窓の外を見やると、もう島は遠く離れている。私はそこにかつての自分を見出そうとした。2年前はここに一人できた。ここに一人でくるつもりだった。今はなぜか、30時間前までは見知らぬ他人であったおばあさんと一緒にいる。そして、そのおばあさんは私の開催の予定のない結婚式に来る腹積もりでいるらしい。

世界は可能性で満ち溢れ、ほんのちょっと手を伸ばすだけで異なる結果を得ることができる。2年前の自分に言ったら、笑うだろうか。

當間さんは船に揺られながら、結婚式参加の夢を滔々と語っている。私は早い夕暮れに立ち去ろうとしている太陽を、厚い雲の中から見つけ出そうと目を細めた。

■福州園
場所:沖縄県那覇市久米2-29-19
※當間さんは月水金の朝に清掃活動しているそうだ。

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