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家父長制を多様性から除外せよ

家父長制を保持する右翼は家父長制を
多様性だと考えている。しかし家父長制は
多様性を一様性にまとめてきたものだ。

家父長制は多様性に入らない。なのでまずは家父長制を認めないところから始める必要がある。

お互い対話を尽くしていけばお互いの妥協点が見つかると考えるのが温いリベラルである。実際は既存権力に吸収されて大政翼賛会が生まれるだけだ。

寛容性のパラドックスの終着駅はナチスや大政翼賛会やリクードや統一ロシアだとなぜわからないのか。

結婚に関しても最低限選択的夫婦別姓度であればまだ容認できるが、未だに強制的夫婦同姓度であるから控えめにいっても未だに家父長制度だと云わざるをえない。

右翼(=反近現代理念推進派/反人権)と左翼(=近現代理念推進派/親人権)が対話を尽くす必要はほとんどない。右翼を社会から追放する事によってのみ最低限の多様性は実現される。

それにしたって最低限だ。右翼が息を吹き返したらすぐに家父長主義に逆戻りだ。公共の福祉を保持するためにはお互いを尊重している暇などないのだ。

現状の結婚制度にしても今のところは否定側に回った方がいいだろう。仮に結婚したら構造的に右翼を支える側に回ってしまうからだ。

人権が嫌いな右翼に人権は必要ない。右翼に表現や信仰の自由などない。右翼に一切の決定権はない。

右翼は国や家族のために夭折する義務しかない。一億総玉砕を唱えながら早く日本や家族や会社や学校のために夭折していただきたい。右翼が全滅する以外日本がこの先良くなる方法はない。

「女性活躍を推進しよう」「同性婚を認めよう」ではなく「家父長制度を破壊して憲法24条(=相互合意)を死守しよう」が正解だ。

家父長制度と右翼を倒して始めて標準的な近現代社会が成就されるのだ。

学習教材(数百円)に使います。