見出し画像

中国発ニューリテールに学ぶ『事例でわかる新・小売革命』読みどころ紹介

世界でいち早く無人コンビニ「Bingo Box」やQRコード決済「Alipay」、「WeChat Pay」が広く普及するなど、テクノロジーを活用した改革が進んでいる中国では、巨大IT企業が様々な小売ビジネスの新しい打ち手を展開しています。

そこで今回は中国発の「ニューリテール」という潮流について解説した書籍『事例でわかる新・小売革命ー中国発ニューリテールとは?』を取り上げたいと思います。


小売業界に精通するITコンサルタントが執筆

中国の小売業界には、アリババをはじめ、テンセント、バイドゥ、シャオミといった巨大IT企業がしのぎを削り、新しいテクノロジーを活用した新たなサービスを次々と打ち出しています。世界の例に漏れず中国でもeコマースの波がどんどん大きくなっていますが、その中で2016年にアリババの創業者ジャック・マー氏とシャオミの創業者・雷軍氏が提唱したのが「ニューリテール」という新しい概念です。

このニューリテールの本質を紐解きながら、リアル店舗の可能性や小売の未来を提示しているのが本書『事例でわかる新・小売革命』です。著者の劉潤氏は中国で著名なITコンサルタント。ハイアールやバイドゥなどの大手企業で戦略顧問を務めている人物です。小売業界に精通する著者ならではの視点で、中国の小売業界に起きている変革を分かりやすく解説しています。

ニューリテールの核心は「効率」

2016年10月13日、アリババグループ会長のジャック・マーは「純粋なeコマースの時代」が今後10〜20年で消滅し、「オンラインとオフライン、物流が結びつくことで、真のニューリテールが誕生する」と発言しました。奇しくも同日にシャオミの会長・雷軍も別の場所でニューリテールの概念を語り、このニューリテールという言葉は「瞬く間に拡散した」と言います。なぜそこまで注目を集めたのか、要因として著者は、これまで向かうところ敵なしだったeコマース市場が停滞したことで、アリババやシャオミ、ジンドンといったeコマースの巨大企業が「既存の小売市場へ攻め入る」という動きが生まれたからだと指摘します。

もう少し説明すると、2015年から中国ではeコマースのユーザー増加スピードが落ちてきたにもかかわらず、eコマースの数が急速に増加したことで「トラフィック獲得コスト(集客コスト)」が高くなってしまいました。すると、eコマースを主戦場とする企業は「従来の小売が80〜90%のシェアを占めるオフライン市場」に次々と進出するようになりました。

例えば、アリババはTモールの零細店舗「天猫小店」をオープンします。すると、ジンドンも対抗して「ジンドンコンビニ」をスタート。またアリババが生鮮スーパー「フーマーフレッシュ(盒馬鮮生)」をオープンすると、再びジンドンも「7フレッシュ(オフライン生鮮スーパー)」をオープンさせます。同時期にシャオミもオフライン店舗「ミーストア」を次々と出店し、他の企業でも「無人コンビニ」「無人棚」「ポップアップストア」などニューリテールをコンセプトに掲げる実店舗が大量に出現したことで、「戦場は一夜にしてすし詰め状態になった」と著者は述べます。

単純にオフライン市場に回帰することがニューリテールかと言えば、決してそうではありません。本書ではアリババによる説明を挙げながら、そもそも小売の本質は「人(消費者)と物(商品)を繋ぐ場所である」と定義します。

例えば、1884年以前のアメリカの小売は「一手交餞、一手交貨(代金と品物を同時に交換する、いわゆる「代金引換」の意味)という非効率な形態」が主流でしたが、鉄道が誕生して遠方への買い物が可能になると、百貨店シアーズは通信販売をスタートし、自由返品や代金引換のサービスを提供しました。鉄道という新しいテクノロジーを活用し、通信販売という「場所」をつくって「人」と「物」をつなぐ。「シアーズは19世紀のニューリテールだ」と著者は解きます。同様に、自動車という新しいテクノロジーを利用し、郊外の安い土地に大型販売店という「場所」をつくって大量の来店客を集めたウォルマートも「20世紀のニューリテールだ」と述べます。いずれも「人、物、場所」を高効率に組み合わせることで、アメリカ小売業界トップに躍り出たのです。

著者はどちらの事例も「ニューリテールだ」と述べ、このように新しいテクノロジーで「人・物・場所」の効率を上げること、すなわち「効率こそがニューリテールの核心だ」と解説。シャオミの創業者・雷軍とフーマーフレッシュの創業者・候毅にインタビューした際も、二人とも「ニューリテールとはより高効率な小売だ」と同様の見解を示したそうです。

なお、アリババ、テンセントのCEOはいずれもニューリテールを「ビッグデータのエンパワーメント(力の付与)によって、人、物、場所の再構築を行う」と解釈しており、著者は「データエンパワーメントにより場所の効率を上げる。これはニューリテールの革新的なロジックのひとつである」と述べています。

では、「どのように新テクノロジーを利用すれば、現代の小売の効率を上げられるのだろうか?」と、ここから本書はニューリテールの核心に迫っていきます。

オフラインの体験性に、オンラインの効率性という翼を授ける

第2章からは、「人、物、場所」の効率を高めるニューリテールの方法について、数多くの事例を挙げながら紹介しています。

本書で最初に言及しているのは、現在も小売店舗のトレンドとして注目を集めている「体験型店舗」です。中国では2015年にアリババが「38掃碼生活節」というイベントを開催。消費者はスーパーに並ぶ商品をアプリでスキャンすると、タオバオでの販売価格が分かり、どの商品も実店舗より安く買えるというもの。スーパーで見てインターネットで買うという行為は大半のスーパーから嘆かれたそうです。しかし、「これはひとつの取引構造がもうひとつの取引構造に取って代わる過程であり、感情的でもなく、悪意があるわけでもない」と著者はビジネスロジックの視点から分析しています。つまり、「商品を見て、触って、嗅いで」得られる情報流を無料で提供して「商品の粗利で情報流のコストをカバーする」という今までの取引構造を、インターネットが破壊し、「オフラインで情報流を得て、オンラインで金流を完了する」という新しい取引構造を構築したのだ、と解説します。

そして、このままではeコマースによって小売店舗は閉店に追い込まれ、eコマースも小売店舗の情報流を失うことで滅びてしまうのではないか?という懸念に対し、著者は「代理店や加盟店の販売店舗に代わってブランドの体験型店舗をオープンすること」が解決策になると言います。「誰よりも販売店舗をクローズさせたくないのは、ブランド企業だ。(中略)オフラインでは今後、ブランド体験型店舗がますます増えることだろう」と予測していますが、本書が出版された2019年以降、確かにブランドによる体験型店舗は日本国内も含めて増えてきているように思います。

また、著者はインターネットの長所を、情報流の「効率性」、オフラインの長所を情報流の「体験性」と定義し、シャオミやアマゾンのオンオフ統合事例を挙げながら「ニューリテールとは、オンラインの効率性を活用し、オフラインの体験性に効率という翼を授けることだ」とも述べています。

他にも本書では、ビッグデータを活用することによって、オンラインの利便性とオフラインの信用性を結合でき、オンラインの「速い」とオフラインの「近い」を両立させることができると、中国小売業の様々な事例を交えながら紹介しています。さらに、シャオミの創業者・雷軍へのインタビューと1〜2ヶ月間にわたるリサーチを通して、同社のニューリテール戦略を深く掘り下げた第3章も非常に読み応えがあります。

また、著者はフーマーフレッシュ創業者・候毅にもインタビューを行い、生鮮食品分野は「商品ロスが多い、商品基準がない、コールドチェーン物流のコストが高い、品揃えが悪い、消費者の生鮮に対する即時性のニーズを満たせない」という理由でオンラインがオフラインよりも不利な状況の中、フーマーフレッシュがどのようにニューリテールで立ち向かったのかについても紹介しています。詳しく知りたい方はぜひ、本書をお読みください。

ニューリテールは今、この瞬間も進化している

本書の最終章では、ニューリテールの先にある未来予測を行っています。著者はアリババグループ会長のジャック・マーが「坊主に櫛を売る」ことは詐欺と同じだ、と言ったことに触れながら、「時に商品が消費者のニーズに適さなくても、話術巧みに消費者にその商品を必要だと感じさせる」という小売のスタンスが過去のものになると述べ、「成功している小売企業は、たとえそのビジネスモデルがそれぞれ異なるとしても、消費者側に立っていることが多い」と、小売が企業(メーカー)側ではなくユーザー側に立ってより良いサービスを提供する方向に進むことを主張しています。これは多くの企業から手本とされているコストコをはじめ、アリババやアマゾンにも通じるスタンスだと言います。

もう一つの予測が、「オフライン店舗は今後も引き続き存在するが、商品を販売する役割はどんどん小さくなり、オフラインで見てオンラインで買う割合が増えるだろう」というもの。その結果、情報流コストを消費者やメーカーから徴収する仕組みや、販売チャネルのサービス化が進むと言います。小売店舗は商品の粗利で稼ぐのではなく、店舗に商品を陳列する費用「棚代」や、メーカーの体験型店舗を開設するサービス料や賃料で稼ぐようになるのです。これはb8taのような、いわゆるRaaS(Retail as a Service)として既にトレンド化し、近年は日本の百貨店でも取り組みが進んでいるのではないでしょうか。

本書は2019年に発行されたものですが、2022年の小売業界の潮流と合致する部分が多く、また小売の本質を構成する「人、物、場所」をそれぞれひも解いているので、小売とは何か?を知る上でも非常に参考になる一冊だと思います。そして、欧米の事例に比べると日本ではあまり情報に触れる機会がない中国小売業のユニークな事例を数多く取り上げて詳しく説明しているので、日ごろリテール領域にアンテナを張って情報収集している方にもおすすめです。

なお、著者は最終章で「我々が今理解しているニューリテールも、いつかきっとオールドリテールになる」と、今後もニューリテールが進化し続けることを指摘しています。「ニューリテールはその姿を、今この瞬間でさえ変化させ、進化させていく」と著者が締め括っているように、今現在のニューリテールの動向についても、また機会があればリサーチして紹介したいと思います。


この記事が参加している募集

読書感想文

みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!