新潮社Netflix

NETFLIX(ネットフリックス)が世界を制した理由

担当編集者が語る!注目翻訳書 第26回
NETFLIX コンテンツ帝国の野望 GAFAを超える最強IT企業
著:ジーナ・キーティング 訳:牧野洋
新潮社 2019年6月出版

山田孝之主演のオリジナルドラマ『全裸監督』の制作に、大人気アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の世界同時配信、そして宇多田ヒカルのライブ配信と、NETFLIX(ネットフリックス)についてのニュースをよく耳にするようになった。2015年の日本進出以来、日に日に存在感は増しているようだ。

ネットフリックスを一言でいえば、映画やドラマの定額見放題サービスを提供するIT企業である。高画質の動画をストレスなく再生するストリーミング技術や、世界中から人気コンテンツを買い集める潤沢な資金力に強みがある。

近年はオリジナルドラマやオリジナル映画の制作に力を入れている。ビッグデータをもとに監督や俳優を決めるなど、斬新な手法で制作現場を一変させたという。このあたりは、データ分析でメジャーリーグに革命を起こした『マネー・ボール』を彷彿とさせるエピソードだ。

一方、独特の人事戦略も注目されている。世界トップの人材を世界最高額で雇用し、自由裁量を与えることでハイパフォーマンスを引き出すという。まるでプロスポーツチームのような経営だ。株式市場での高成長ともあいまって、若いビジネスパーソンの憧れの存在になっている。

しかし、こうした話を聞いても、ネットフリックスという企業の実体が見えてこない気がするのはなぜだろうか。それはおそらく、ネットフリックスの「今」についての情報は溢れているのに、「過去」についての情報がほとんどないからだ。ネットフリックスを知るためには、過去を知る必要がある。

そこで米国のAmazonで探してみると、本書の原書『NETFLIXED』が見つかった。ロイターの元記者が書いたノンフィクションで、レビューも高評価だ。唯一の気がかりは刊行が2012年ということだった。

だが取り寄せて読んでみると、不安はすぐに消えた。そこに書かれていたのは、ネットフリックスの公式発表よりも格段に奥深くて、複雑な創業ストーリーだった。それに加え、ネットフリックスの競争力が、原書刊行の2012年よりもさらに前、動画配信の前夜に築かれたこともわかった。

そのままでも十分に翻訳出版する価値があると思ったが、ありがたいことに原著者のキーティング氏からの申し出があり、2012年から2018年までのネットフリックスの動向について特別寄稿してもらえることになった。結果として、幅広い読者の関心にこたえられる本に仕上がった。

ハイテク企業のアナログ時代

本書の物語は、二人のビジネスマンが「書籍以外のものを扱うAmazonを作ろう」と思うところから始まる。二人はすでに成功したシリコンバレーの起業家であり、次に取り組むビジネスとしてEコマースを選んだ。Amazonが扱う書籍のように多品種で、携帯性に優れた商品は何か。彼らが見つけ出した答えは「映画のDVD」だった。そしてネットフリックスは1997年、オンラインで注文を受け付ける「DVDの郵送レンタルサービス」として創業する。

当時のアナログな仕事ぶりには驚かされる。時代はまだインターネット黎明期。サービス開始初日には100件の注文でサーバーが落ちるありさまだった。郵送サービスについても手探りだ。郵送時のDVDの破損や盗難を防ぐにはどうすればいいのか。翌日配送を実現するためには何が必要なのか。配送システムの担当者は、郵便システムを学ぶために、まずは郵便局で3カ月間働いたという。宣伝方法もアナログだった。DVDプレーヤーをつくっている日独のメーカーと交渉し、DVDプレーヤーの梱包の中に無料のクーポン券を入れさせてもらったのだ。

今のクールなネットフリックスからは想像できない、場当たり的で原始的な手法の数々に驚くが、次第にそのビジネスモデルは磨きあげられ、企業としても急速に成長していく。数年後、彼らのDVD配送システムを見た投資家は、以下のように評価した。

「表面的にはネットフリックスは巨大なレンタルビデオ店に見える。顧客から月額固定の料金を徴収し、DVDを貸し出しているだけだからだ」

「しかし、内部を詳しく調べると違う姿が浮かび上がる。レンタルビデオ店というよりもシンクタンクである。長期的な顧客価値を最大化するために独自のアルゴリズムを作り出すと同時に、複雑な物流システムを築き上げ、コスト最小化の方法を常に探っている」

「ネットフリックスのビジネスモデルには一般には見えにくい部分があり、それが競争力の源泉になっている」

近年、ディズニーやアップルがストリーミングサービスへの本格参入を決めたことで、ネットフリックスの将来を悲観視する声が強くなっている。しかしここに書かれている通り、実は昔からネットフリックスを悲観的に見る人は多かったのだ。
彼らのビジネスモデルは、誰でも簡単に真似できる、単純なものだと思われていた。そして、それが間違っていることを証明しつづけてきたのが、ネットフリックスだ。最大のライバルになると予想されたAmazonもウォルマートも、結局DVDレンタルでネットフリックスに勝つことはできなかったのである。

ブレない本質と競争心

創業者の一人で現CEOのヘイスティングスは、2001年の上場時に「ネットフリックスの使命」として三つを挙げている。一つ目は、世界最高のエンターテインメント事業を築き上げること。二つ目は、消費者の手元に好みの映画が届くように手助けすること。三つ目は、ライバル企業との競争に勝つこと。

ネットフリックスは、DVDの郵送レンタルサービスからスタートし、ストリーミング配信、オリジナルコンテンツ制作へと、大胆にビジネスモデルを変革してきたが、その本質はまったくブレていないことがわかるだろう。しかし、本書を読むと、ネットフリックスにとって一番重要なのは、三つ目の「ライバル企業との競争に勝つこと」ではないかという気がしてくる。

ネットフリックスが創業した当時、アメリカのビデオレンタル業界にはブロックバスターという巨人が存在していた。国内6500店舗を誇り、売上は海外含め6000億円という世界最大のビデオレンタルチェーンだ。おまけに当時はVHSビデオが全盛で、DVDは生まれたばかり。インターネットの普及率も低く、ネットフリックスはまったく相手にされなかった。しかしDVDとインターネットが普及しはじめると、ネットフリックスは急成長してブロックバスターの顧客を浸食するようになった。危機感を強めたブロックバスターは、ネットフリックスに対抗するための社内ベンチャー「ブロックバスター・オンライン」を立ち上げる。

このブロックバスター・オンラインとネットフリックスが繰り広げる熾烈な闘いが、本書の白眉だ。両社は瓜二つのサービスであり、コンテンツや利便性、料金体系、プロモーションなど、あらゆる分野で正面からぶつかり合った。ネットフリックスは、ブロックバスター・オンラインを徹底して調べあげ、計算し、シミュレーションする。
彼らのプロモーションによる顧客獲得率はどれくらいか? 顧客離脱率はこれからどう変化するか? 離脱者を補うために必要なプロモーション費はいくらか? 今のプロモーションを続けると彼らの財務はいつまで持つのか?……それらの分析をもとに自分たちの戦略を立てる。
顧客を奪われないためにはいくらまで値下げすればいいのか? 値下げで利益が減った場合、自分たちはいつまで持ちこたえられるのか?

最後はブロックバスター・オンラインの親会社ブロックバスターの内紛によって、辛くもネットフリックスが勝利するのだが、その逆の未来も十分にあり得たことがわかる。ネットフリックスはブロックバスターとの闘いに集中するため海外展開を封印してきたが、この闘いに勝利したことで、2011年から怒濤の海外展開を始める。

成長し続ける企業

ネットフリックスのように大成功している企業を見ると、「うまいビジネスを考えたものだ」と羨ましく思ってしまう。しかし考えてみればわかるように、一つのビジネスアイデアだけで勝ち続けられるほどビジネスは甘くない。実際には熾烈な競争の中で自らの価値を見つけ、それを磨き上げながら成長していくのである。ビッグデータを用いたオリジナルコンテンツの制作も、独特の人事戦略も、その副産物に過ぎない。ネットフリックスはまさに競争のなかで成長してきた企業といえるだろう。

CEOのヘイスティングスは、ディズニーやアップルがストリーミングサービス参入を発表したとき、歓迎する旨の発言をしている。これも単なる強がりとはいえない。ライバルの存在こそが自分たちを強くすると知っているのだ。

ビジネスの面白さを再確認させてくれる本である。

執筆者:内山淳介(新潮社ノンフィクション編集部)

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