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役に立たない美しさ(植田かもめ)

植田かもめの「いま世界にいる本たち」第5回
"The Evolution of Beauty: How Darwin's Forgotten Theory of Mate Choice Shapes the Animal World - and Us"
(美の進化:ダーウィンの忘れられた配偶者選択理論はいかに動物と私たちの世界を形成しているか)
by Richard O. Prum(リチャード・プラム)
2017年5月出版

美と進化をめぐる、感動的な自然科学本。

まずは下の動画を見ていただきたい。エクアドルの熱帯雨林に生息するキガタヒメマイコドリ(Club-winged Manakin)は、1秒間に100回近く羽を振動させて、摩擦音で「歌う」。

ヴァイオリンのような美しい音色だけど、よく考えるといろいろこの鳥にツッコミたくなる。なぜ、わざわざ羽を使うのか。ノドとくちばしを使って鳴けないのか(答え:普通にくちばしを使って鳴くこともできます)。こんな羽で、飛ぶときにジャマにならないのか(答え:この羽のせいで飛ぶ効率は犠牲にしてます)。

鳥類をはじめとする生物は「役に立たない美しさ」を持つ。本書美の進化は、鳥類学者であり進化生物学者である著者のリチャード・プラムが、繁殖の相手選び(mate choice)の観点からその謎を説き起こす一冊である。

生きるための進化、モテるための進化

食物の獲得や捕食者との競争とは一見、無関係な装飾をまとっている生物の存在は、ダーウィンにとっても悩みの種だった。たとえば、オスの孔雀の羽にある目玉模様は何のために存在しているのか。

だからダーウィンは、自然淘汰(natural selection)とは別に、性淘汰(sexual selection)と呼ばれるもうひとつの進化理論を考えた。生物は、生存競争だけでなく、異性をめぐる競争を通じて進化する。オスの孔雀は、メスを誘うために羽を広げる。それは、敵と戦って食物を手に入れるための装備(armaments)ではなく、配偶者を手に入れるための装飾(ornaments)である。

プラムが本書で取る立場は、メスがどんな好み(preference)を持つかによって、オスの装飾は進化し、しかもその好みは生存競争上の有用性とは必ずしも一致しない、とする説である(ランナウェイ仮説と呼ばれる)。

そして、本書の最大の特徴は、メスの好みやオスの装飾を「美」という主観的な欲望として説明している点にある。

美はただ、結果として「起こる」

配偶者選びにおける装飾の役割は何か。ひとつの説として、「必要な情報(シグナル)を与えるために生物の装飾は存在している」とする考えがある。

つまり、そのオスを配偶者として選ぶかのジャッジに必要な情報を、外見や動きでオスがメスに与えているとする説である。十分な栄養を取っているか。病気を持っていないか、などなど。

この説によれば、生物の「美」とは実用的なスペック情報であり、性淘汰は自然淘汰の別形態に過ぎない。プラムはこうしたスペック情報を「鳥の出会い系プロフィール」のようだと語り、「Biomatch.com理論」と揶揄する。

そして、「生物の装飾が持つ多様性はこの説だけでは説明できない」と本書は主張する。生物における「美」は、実用的な機能と関係なく、単にメスが恣意的で主観的な好みを持った結果として生じる。美は「起こる」(Beauty Happens)のだとプラムは考える。

マイコドリのダンス大会

具体例を見てみよう。本書で一番エキサイティングな章は、冒頭でも紹介した、マイコドリ(Manakin)についての章だ。

南米の熱帯雨林に多様な種が存在するこの鳥は、見た目も美しいが、一番面白いのはその求愛行動だ。「レック」と呼ばれる求愛場で、彼らはダンス大会をする。この面白さは、説明するよりも以下の動画をぜひ見ていただきたい。

もし求愛行動が単なる情報伝達の手段なら、マイコドリが持つような多様性は生じないのではないかと本書は考える。複数の種をまたいで受け継がれ、変化し、ときには退化もするマイコドリの求愛行動は、樹形図的な上から下への進化ではなく、一点から同心円状に広がっていくイメージなので、美的拡散(aesthetic radiation)とプラムは呼ぶ。

鳥もパンのみに生きるにあらず

さて、性淘汰をめぐる理論は本書の主張を含めて仮説が多く、結論は出ていない。

それでも本書が感動的なのは、定義の曖昧な「美」という名の地雷原にプラムが踏み込んでいるからだと思う(ちなみに学会で自説を1行1行批判されたりした経験があるらしい)。

10歳になる前から筋金入りのバードウォッチャーだったプラムは、自然淘汰を「退屈」とまで本書で表現している。

プラムの根底にはパーソナルな好奇心があって、鳥類の多様な進化が、実用的な機能のためだけに発達したはずがないという信念(というかほとんど信仰)があるのではないだろうか。マイコドリを紹介する章では「この鳥見て! ヤバくない?」という彼の声が聞こえてきそうだ。

「人はパンのみに生きるにあらず」と言うけれど、それは動物も同じである。ただ生存のために生きているだけでなく、生命の多様な「美」を探求しているのだから。本書の表現を借りると「単に魅力的で、単に美しい」(merely attractive, or merely beautiful)ものを追求してよい自由が生物の面白さなのかもしれない。

リチャード・プラム著「美の進化」は2017年5月発売の一冊。ピュリッツァー賞の最終候補に残った作品でもある。

執筆者プロフィール:植田かもめ
ブログ「未翻訳ブックレビュー」管理人。ジャンル問わず原書の書評を展開。他に、雑誌サイゾー取材協力など。
Twitter: http://twitter.com/kaseinoji
Instagram: http://www.instagram.com/litbookreview/

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