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「ナウ・ミー」から「フューチャー・アス」へ。30年後の世界を変える青写真(植田かもめ)

植田かもめの「いま世界にいる本たち」第27回
"This Could Be Our Future: A Manifesto for a More Generous World"(私たちにありえる未来:より寛容な世界のためのマニフェスト)
by Yancey Strickler(ヤンシー・ストリックラー)2019年10月発売

これは勇気をくれる良い本だ。現代社会はどこかがおかしいと感じている人も、未来の社会は変えられると信じている人も、具体的にどう変えたらいいかを考えたい人も、本書"This Could Be Our Future"を必読である。

著者のヤンシー・ストリックラーは、元祖クラウドファンディングサービスとも言えるKickstarter社の共同創業者だ。本書は大きく二つのパートから構成されていて、前半では現代の課題を分析し、後半では未来に向けた解決策を提示している。

「金融の最大化」が行き着いた先

まずストリックラーは、現代の資本主義社会を支配する価値観を「金融の最大化(financial maximization)」と呼ぶ。金銭価値の最大化をもたらす選択を正しい判断とする考え方だ。

過去数十年にわたってこの価値観が過剰に追求された結果、様々な問題が生じていると本書は主張する。金融の最大化を目指す世界では、従業員の給与よりも株主への還元が重視される。1970年代の半ばまでは企業の生産性と従業員の賃金は比例して上昇していたのに、現代では生産性が向上しても平均的な従業員の賃金は増加しない。「アメリカは起業が盛んな国」というイメージがあるかもしれないが、人口あたりの起業件数は実は1970年代の半分程度の水準まで落ち込んでいるという。資本の寡占化が進んで、起業をしても超巨大企業との競争が待ち受けているのだ。2018年時点で、最も多く使用されるトップ10のアプリの半分以上がグーグルとフェイスブック傘下にあり、web上のトラフィックの70%とネット広告の90%がその2社によってコントロールされているという。

注意が必要だと思うのは、この現状は誰かの陰謀によって決められたものではなく、市民であり消費者である私たちと企業が、自らの利益を最大化するという「合理的」な選択を行った結果として行き着いた成れの果てなのだ。より便利で安価なサービスを望み、企業はそれに応えて利益の最大化を目指す。けれどもそこには隠れたコストが存在していて、社会は代償を支払うことになる。

価値観の「弁当箱」

では、現代社会の「隠れたデフォルト(hidden default)」である金融の最大化に抗って、オルタナティブな未来を作るにはどうすればよいのだろうか。

簡単にまとめると「何が『合理的』なのかの価値基準と、その測定方法自体を変えてしまおう」というのが本書の主張である。

スタート地点は、いま現在(Now)の自分(Me)にとっての利益だ。「ナウ・ミー」にとっては、目先の金銭的な利益を最大化することが合理的かもしれない。

けれども、その選択は将来(Future)の自分にとっても合理的だろうか。または、自分以外の誰か(Us)にとっても合理的だろうか。将来の私たちである「フューチャー・アス」にとっては、たとえば公正さや健康・安全といった価値を重視する方が、金銭的な利益よりも合理的なのではないだろうか。

ヨコ軸にいつの時点の利益なのかを書いて(Now - Future)、タテ軸で誰にとっての利益なのかを書くと(Me - Us)、「ナウ・ミー」から「フューチャー・アス」まで、4象限のマトリクスができあがる。ストリックラーはこれを日本の弁当箱に見立てて、「弁当イズム(Bentoism)」と名付ける。弁当箱に具材を詰め込むように、それぞれの枠にとって何が大事な価値なのかを定義するためのフレームワークである。

そして、「ナウ・ミー」を超えた価値を実現している取り組みを紹介し、その価値を測定して評価するための仕組みを本書は検討する。具体的には、高額転売を防止するフェアなチケット取引プラットフォーム「Twickets」や、自社が開発した環境に良いアパレル製造技術を競合他社に公開したパタゴニア社などを紹介している。

これらの取り組みは、金銭的な利益の追求ではなく、自らのミッションに基づく価値創造(mission-driven value creation)である。ストリックラー自身が経営するKickstarter社も、こうした価値を実現している企業のひとつだ。

ストリックラーは「全ての企業は、自らの存在価値を肯定するために、利益の追求とは別のゴールを持つべきだ」と語る。実はこれは松下幸之助の発言を引用したもの。「会社のミッションは貧困を無くすこと」と語り、日本で初めて週休二日制を1960年に導入した松下幸之助の影響を彼は大きく受けているのだ。

30年で世界は変わる

さて、ストリックラーは本書を「2050年の未来をどう作るかについての本」と語っているが、この数字は単なる切りの良い数字ではない。

ひとつの世代が次の世代に完全に入れ替わり、「新しい」価値観が「普通の」価値観として定着するまでの期間がおよそ30年なのだ。

本書は、「(金融の最大化という)現代の価値観も、およそ30年前に始まったひとつのオプションに過ぎない」「人間の思考のバイアスは、現状を『変わらないもの』さらには『変えるべきでないもの』と認知してしまいがちだが、それは間違っている」というメッセージを繰り返す。

最後に、本書とは直接関係はないのだが、台湾初のデジタル担当大臣であるオードリー・タンの言葉を紹介したい。IT技術を駆使した新型コロナウイルス対策によって世界的な注目を集めている彼女は1981年生まれで、1978年生まれのストリックラーと同世代だ。自らの職務記述書(job description)に彼女は詩を添えていて、その最後に次の一節がある(TEDでの講演などでも自ら紹介している)。

"When we hear “the singularity is near”, let us remember: the plurality is here."
「シンギュラリティ(特異点)が近いと聞いたならば、プルーラリティ(複数の可能性)がここにあると忘れないようにしましょう」

私たちに「ありえる未来の可能性」を考えさせる本、ヤンシー・ストリックラー著"This Could Be Our Future"は2019年10月に発売された一冊。

執筆者プロフィール:植田かもめ
ブログ「未翻訳ブックレビュー」管理人。ジャンル問わず原書の書評を展開。他に、雑誌サイゾー取材協力など。ツイッターはこちら

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