甲子園、ベンチから戦う者よ
☆
「いや、お前はこの夏、甲子園に出たんだよ」
「万年ベンチの俺への、慰めの言葉ですか?」
「まさか、本心に決まってるだろ」
打ち上げには参加させられたものの、当然、輪の中に入れるはずもなく。
そんな俺の隣の席に、カントクは腰掛けた。
カントクは今年から顧問を務めた、俺とは違って優秀な人材。
なんと言ってもやはり、俺たちの高校史上初めての、甲子園出場と優勝を同時に達成した人なのだから。
「というかお前、飯もろくに食ってねぇじゃねえか。
今日は俺の奢りなんだから、好きなものを好きなだけ食っちまえ」
「いいえ、もうお腹いっぱいなので」
「嘘つけ、普段はもっと食べるって、お前の父ちゃんから聞いてるぞ」
そう指摘されて、勝手に注文したチャーハンを食べさせられる。
いつも母親が作ってくれるから好きな食べ物だけど、やっぱり食欲は湧かなかった。
「まあ、お前の気持ちはよくわかる。
こう見えて、俺も高校時代はベンチを温めるのが仕事だったからな」
「え、カントクがですか!?」
「そう、お前と同じだ。球拾いして、グラウンド整えて。
そんで足りない分を補うために、夜遅くまで自主練して。
けど、試合には一切出させてもらえない」
今では想像できない過去に驚きを隠せずにいると、カントクは続けて、
「だから、お前の気持ちはすげー分かる。
それでも試合に出させなかった俺は、すげー悪いことしたとも思ってる。
けど、お前にどうしても感じてほしかったんだ」
「感じて、ほしかった?」
「あぁ。直接見て、触れてようやくわかる、甲子園の本気の熱量」
カントク曰く、それは人生を変えうる熱量らしい。
高校野球の頂点を目指して、全国各地から才能に溢れた猛者たちが集う。
その本気のぶつかり合いのみが生み出せるエネルギー。
それこそが、カントクの人生を変えたのだと。
「大学も卒業が近づくと、就活の話になってな。
改めて、やりたいことって何なんだろうって死ぬほど悩んだんだよ。
やりたいことなんて、何一つ見つからなかった。
でも、あの夏の熱だけは鮮明に思い出せてな。
そこで、ようやく気づいたんだよ。
俺は野球がやりたいんだ! もう一度甲子園に行きたいんだ! ってな」
熱く語るカントクの姿に、坊主頭にユニフォームの野球少年の幻を見た。
それがどういう訳か、かつての自分に重なって見える。
ただ純粋に、野球が上手くなりたいと思っていた、あの頃の俺自身に。
でも、そんなことはもうどうでも良い。
「俺は、ここを卒部したら2度と野球をするつもりはありません」
「だろうな。そう思わせたのは俺の采配が原因だ。
それは、本当に申し訳ないって思ってる」
「てっきり、止められるのかと思ってました」
「俺も大学じゃ野球はやってなかったからな。
正直、人のこと色々偉そうに言える立場じゃねえんだよ」
でも、と声に出して、カントクは次の言葉を口にする。
「予言してやろう。お前はもう一度野球に本気になる」
「ここまでの話の流れで、どうしてその結論になるんですか……?」
「はっ、そんなの決まってんだろ?」
カントクは一呼吸置いて、己自身を指差した。
「お前と俺は同じだって、初めの方に言ったはずだぜ?
三年間、お前のことをしっかり見てきたから、ちゃんとわかるんだよ」
☆
15年ぶりの熱量に、どうしても圧倒されてしまう。
夏の暑さ、観客の声援、選手たちの気迫。
その全てが、15年前と変わらない。
いや、間違いなく当時より大きなエネルギーを生み出している。
「まさか、本当にこうなるとは思ってなかった」
でも、ここから見える景色は幻ではなかった。
観客席から、グラウンドを見守るのでもない。
選手として、グラウンドで戦うわけでもない。
俺は今、監督として、チーム全員と団結して戦っている。
甲子園ではおなじみの、やけに耳に残るブザーが鳴り響く。
15年ぶりの、そして本当の意味での甲子園が幕を開けた。
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