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甲子園、ベンチから戦う者よ

「いや、お前はこの夏、甲子園に出たんだよ」

「万年ベンチの俺への、慰めの言葉ですか?」

「まさか、本心に決まってるだろ」

 打ち上げには参加させられたものの、当然、輪の中に入れるはずもなく。
 そんな俺の隣の席に、カントクは腰掛けた。

 カントクは今年から顧問を務めた、俺とは違って優秀な人材。
 なんと言ってもやはり、俺たちの高校史上初めての、甲子園出場と優勝を同時に達成した人なのだから。

「というかお前、飯もろくに食ってねぇじゃねえか。
 今日は俺の奢りなんだから、好きなものを好きなだけ食っちまえ」

「いいえ、もうお腹いっぱいなので」

「嘘つけ、普段はもっと食べるって、お前の父ちゃんから聞いてるぞ」

 そう指摘されて、勝手に注文したチャーハンを食べさせられる。
 いつも母親が作ってくれるから好きな食べ物だけど、やっぱり食欲は湧かなかった。

「まあ、お前の気持ちはよくわかる。
 こう見えて、俺も高校時代はベンチを温めるのが仕事だったからな」

「え、カントクがですか!?」

「そう、お前と同じだ。球拾いして、グラウンド整えて。
 そんで足りない分を補うために、夜遅くまで自主練して。
 けど、試合には一切出させてもらえない」

 今では想像できない過去に驚きを隠せずにいると、カントクは続けて、

「だから、お前の気持ちはすげー分かる。
 それでも試合に出させなかった俺は、すげー悪いことしたとも思ってる。
 けど、お前にどうしても感じてほしかったんだ」

「感じて、ほしかった?」

「あぁ。直接見て、触れてようやくわかる、甲子園の本気の熱量」

 カントク曰く、それは人生を変えうる熱量らしい。

 高校野球の頂点を目指して、全国各地から才能に溢れた猛者たちが集う。
 その本気のぶつかり合いのみが生み出せるエネルギー。
 それこそが、カントクの人生を変えたのだと。

「大学も卒業が近づくと、就活の話になってな。
 改めて、やりたいことって何なんだろうって死ぬほど悩んだんだよ。
 やりたいことなんて、何一つ見つからなかった。
 でも、あの夏の熱だけは鮮明に思い出せてな。
 そこで、ようやく気づいたんだよ。
 俺は野球がやりたいんだ! もう一度甲子園に行きたいんだ! ってな」

 熱く語るカントクの姿に、坊主頭にユニフォームの野球少年の幻を見た。

 それがどういう訳か、かつての自分に重なって見える。
 ただ純粋に、野球が上手くなりたいと思っていた、あの頃の俺自身に。

 でも、そんなことはもうどうでも良い。

「俺は、ここを卒部したら2度と野球をするつもりはありません」

「だろうな。そう思わせたのは俺の采配が原因だ。
 それは、本当に申し訳ないって思ってる」

「てっきり、止められるのかと思ってました」

「俺も大学じゃ野球はやってなかったからな。
正直、人のこと色々偉そうに言える立場じゃねえんだよ」

 でも、と声に出して、カントクは次の言葉を口にする。

「予言してやろう。お前はもう一度野球に本気になる」

「ここまでの話の流れで、どうしてその結論になるんですか……?」

「はっ、そんなの決まってんだろ?」

 カントクは一呼吸置いて、己自身を指差した。

「お前と俺は同じだって、初めの方に言ったはずだぜ?
 三年間、お前のことをしっかり見てきたから、ちゃんとわかるんだよ」



 15年ぶりの熱量に、どうしても圧倒されてしまう。

 夏の暑さ、観客の声援、選手たちの気迫。
 その全てが、15年前と変わらない。
 いや、間違いなく当時より大きなエネルギーを生み出している。

「まさか、本当にこうなるとは思ってなかった」

 でも、ここから見える景色は幻ではなかった。

 観客席から、グラウンドを見守るのでもない。
 選手として、グラウンドで戦うわけでもない。

 俺は今、監督として、チーム全員と団結して戦っている。

 甲子園ではおなじみの、やけに耳に残るブザーが鳴り響く。
 15年ぶりの、そして本当の意味での甲子園が幕を開けた。

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