この世界の片隅に

映画『この世界の片隅に』のこと。

日常映画として

戦争がテーマ。ただ、戦火の地ではなく日々の営み「日常を描く」ことにこの作品は徹底しています。日常なので、ドジをして笑ってしまうようなことや、料理すること、ケンカすること、そんな日々の積み重なりを丁寧に描いています。

アニメーションとして、動き一つ一つから「あ、すずさんがそこにいる!」って実在感を感じ、新鮮な感動があります。糸を通すときの指裁き、包丁を持った時の手さばき(固い大根を切るときは腰から力を入れ)、貴重な砂糖を買った後は足取りまで慎重に。そんな所作一つ一つが登場人物たちの心情を豊かに表し、私たちと繋がっているような実在感があります。

声優初挑戦の、のんさん。その声がそのまんますずさん自身とリンクして、好きにならざるを得ません。「あちゃー」の一声がクスりと笑いを誘い、実はうちに秘めている葛藤や寂しさも声の演技で体現してる。1人の人間のさまざまな面が見えてくることで、深みになり、そこに生きている1人としてすずさんを立ち上げている。

あちゃー顔が素敵

大きな物語vs小さな物語

タイトルの『この世界の』の"世界"とは、この作品においては戦争、国家、政治、経済とかをひっくるめた「大きな物語」のことではないでしょうか。史実のメインストリーム。

一方"片隅"とは、我々のような庶民一人ひとりの暮らし、営み。歴史に残らないが、確かにそこにある生活「小さな物語」。それこそ例えば、食べるものを工夫して考えたり、水をくむためにバケツを担いだり、洗濯して、掃除して、みんなで食卓を囲む。そんな無数にある取るに足らない日常の物語を丁寧に丁寧に描いています。

だからこそ、「大きな物語」が少しづつ「小さな物語」を飲み込んでいくのがより鮮明に伝わる。

大きな喪失、後悔、そして怒り。いろいろなものを背負い、いろいろな物を奪われても、続いていくから日常。日々の営みが戦い。「大きな物語」が終戦として区切りをつけたとしても、「小さな物語」は続いていく。夜暗かった街並みがポツリポツリと明るくなっていく。

最後にすずさんが、左手で繋いだ小さな孤児は、何の象徴でしょうか。
ラストのラスト誰かの右手が大きく振りますが、あれは誰の。そして何に向けて振っているのでしょうか。

さらにいくつもの片隅に

2016年11月12日(土)の劇場公開以来、1日も途絶えることなく映画館での上映を続けている『この世界の片隅に』。その新規場面を追加した別バージョン、本年12月に公開されることが決定しました。

『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』

続報を待ちわびながら73年前、多くの日常が確かにあったことを思いたいです。

すずさんの話はもちろん、リンさんのシーンが追加されてる。楽しみ。

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