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わたしたちが正しい場所に花は咲かない。電脳世界にオーガンジーのカーテンを。

最近、正しさや正義は目隠しでもあるのではないかと強く思います。
インターネットでは日々、各人の正しさがぶつかり合っていますが、ぶつかった結果、相互理解が深まったケースは限られているように思います。大抵は、より持論が強固になり、分断が進む結果になります。
つまり、正しさをぶつけることは問題解決にならないのに、問題解決をしている気になってしまうのです。

正しさや正義はあくまでも自分の仮説でしかない

仮説は棄却されうるし、変更されうるものです。
仮説を否定する事実や意見があれば随時、見直せるものです。
また、会社でもサークルでも、人が集まれば、各々の視点の意見が集まることになります。その意見も、各人の立場だけあり、それぞれに正しさや正義があります。
つまり、相対的な、その時々で現れる存在でしかない正しさを教義や真理のように扱うことには危険が孕むのです。
だからこそ、自分の意見は違う存在や意見に対して開かれた、仮説の状態に置いておくことが重要なのだと思います。私自身もできる限りそのようにありたいと考えているので、その点については最善を尽くしています。
(出来ていなかった時には素直に認めることも大事です。その方が収束も早くなるので)

では、対立を解消するには?

相手の存在を認識しつつも、互いの距離が適切に空いている状態が作れると良いと考えます。
対立などのトラブルは距離が近すぎたり遠すぎたりする事で起きるからです。
現実でトラブルが起きた時に、上記を関係者すべてが満足するように実現するのは難しいのですが、物理的制約を持たないインターネット上でならば、実現できるのではないかと思います。

試案:タコツボを越えるためのオーガンジーカーテン

ただし、現在実現しているインターネット上のフィルタリングは問題解決の方法としては不完全です。
フィルタバブルという言葉ができてしまったように、自分自身の思い込みや偏見を強化し続ける壁を作り、それぞれがタコツボに籠る方向に機能しているからです。

フィルタリングは例えるならば、互いを隔てる壁ではなく、オーガンジーやレースの薄いカーテンとして存在するのが良いと思います。
相手の影が布地に映り、望めば自らカーテンを開けて出会える、そんな存在。
そんな可憐でしなやかなレースカーテンをインターネット上に作れるか、私も実践してみたいと思います。

おわりに

この文章は過去に読んだ↓の本のタイトルに負っているのですが…今見たらプレミアついててたまげました。
中古で定価より少し安いくらいで買って、生きる指針となる本だと思ったから手元に置いておいた…くらいのなんの気のなさで持っていたら、もはや5倍以上の値段になっているという。

この本の問題意識に価値が出てきた結果なら嬉しいけれど、広く読めた方がもっといいな。

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