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#02 デンマーク① “世界の食都”コペンハーゲンへ

いま注目すべき取り組みを行っている街を訪れ、街づくりの未来を探るプロジェクト。エストニアに続いて訪れたのは、世界最先端の“食の発信地”として注目を集めるデンマーク。世界一とも評される幸福度と、食に対する人々の意識との関係は?
美食家たちが賞賛する“世界の食都”コペンハーゲンを皮切りに、「フードカルチャー×街づくり」の関係をリサーチしていきます。
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世界の注目を集める“食の先進国”、デンマーク

北欧と呼ばれる国々の中で、最も南に位置するデンマーク王国。南がドイツと陸続きのユトランド半島と、主にその周辺の島々から構成され、海を挟んで北はノルウェーとスウェーデンに接するEU加盟国。日本では童話作家のアンデルセンや知育玩具のレゴブロックに加え、アルネ・ヤコブセンやヴェルナー・パントンら、家具デザインの巨匠たちの名前でも知られています。

国土全域が北緯50度以上(日本の稚内は北緯45度)の高緯度地域にありながら、一人当たりの名目GDPでは世界トップ10入りの常連国であり、世界幸福度ランキングでもたびたび世界第1位に輝くなど(※1)、名実ともに豊かさを謳歌する高福祉国家。その象徴にして、美しい街並みでも有名な首都・コペンハーゲンが近年、世界の食通たちから熱い視線を集めています。

スモークサーモンやオープンサンドイッチ「スモーブロー」といった、素朴なイメージしかなかったデンマーク料理。変化のきっかけは、この地を発信源とする新しい食のムーブメントでした。2004年には伝統食材の活用や地産地消を掲げる「ニュー・ノルディック・キュイジーヌ(新北欧料理)」のマニフェストが発表され、コペンハーゲンのレストラン「noma(ノーマ)」が「世界のベストレストラン50」で2010年から3年連続で1位を獲得するなど、鮮やかな躍進を遂げたのです。

その一方でデンマークは、国民一人当たりのオーガニック食材購入量や、農地全体におけるオーガニック産物の生産面積で世界トップクラスのオーガニック先進国でもあります(※2)。政府主導でオーガニック農業への転換が進められる一方、全国民の5分の1が暮らすコペンハーゲン都市圏の人々の間でも、持続可能な農業のあり方や家畜たちのアニマルウェルフェア(動物福祉)、ヘルスケアや環境保護の視点から、食生活に対する主体的な意識が高まっています。

日本でも地産地消の取り組みやフードロス削減をはじめとする問題が叫ばれるなか、食を取り巻く視点からめざすべき“都市の豊かさ”とは何でしょうか。
私たちが向かうべき「フードカルチャー×街づくり」のヒントを求めて、コペンハーゲンを訪れました。

(※1…国連が2012年から実施している幸福度調査のランキングで13、14、16年に1位を記録。回答者の主観的な幸福度評価を回帰分析して国ごとの幸福度を算出したもの。出典:「World Happiness Report」)
(※2…出典: Organic Denmark「Organic Market Memo June 2015」、および日本貿易振興機構「欧州におけるオーガニック食品市場の動向(2014年3月)



<都市名>   コペンハーゲン(デンマーク語:København / 英語:Copenhagen)
<通称>     「北欧のパリ」
<人口>※1      約52万人(自治市人口/都市圏人口は約130万人)
<気候>※2      西岸海洋性気候
         7月の平均気温 17.2℃(2017年)
         2月の平均気温  0.4℃(2017年)
<通貨>     デンマーク・クローネ(DKK)
<住民構成>※3    デンマーク人 73%以上
         その他の西洋系人種 8%(ポーランド、ドイツ、スウェーデン、ノルウェーほか)
         非西洋系人種 15%(パキスタン、トルコ、イラク、モロッコほか)
          (国全体では90%近くがデンマーク国籍の両親または片方の親を持ち、残り10%の大半を移民またはその子孫が占めている)

<言語>     デンマーク語、英語ほか
<宗教>     国教:キリスト教(福音ルーテル派)
<特徴> バルト海に浮かぶシェラン島に築かれたデンマーク王国の首都。都市名は「商人の港」を意味し、16〜17世紀に建設された美しい街並みを目当てに多くの観光客が訪れる。

出典:
(※1)Wikipedia (2018年11月末時点)
(※2)CLIMATE-DATA.ORG (2018年11月末時点)
(※3)World Population Review (2018年11月末時点の推計値)

デザインで社会を変える「THE INOUE BROTHERS...」の試み

今回のリサーチにあたって案内人を引き受けてくれたのは、ファッションブランド「THE INOUE BROTHERS...」のデザイナーとして、コペンハーゲンを拠点に活動する井上聡(いのうえ・さとる)さん。
日系2世としてこの街で生まれ育ち、自身はグラフィックデザイナーとして、弟の清史さんはロンドンを拠点にヘアデザイナーとして活躍する傍ら、04年に兄弟で「THE INOUE BROTHERS...」を設立。南米アンデス地方の先住民たちが手がけるアルパカニットの魅力を高め、貧困にあえぐ彼らの生活や地位向上につなげるべく、現地の研究所とともに10年以上にわたって品質向上に取り組んできました。
現在では“世界一のアルパカニット”と呼ばれるようになったニットウェアをはじめ、アパレル産業が抱える生産過程における不当な労働や環境への過剰な負荷に立ち向かう“エシカル(倫理的)ファッション”の担い手として、さまざまなプロジェクトを展開。デザインで社会を変える「ソーシャルデザイン」の取り組みの一環として、コペンハーゲンにあるオーガニック食材の日本式居酒屋「Jah Izakaya & Sake Bar」の運営にも携わっています。

井上さん「デンマークは高福祉社会。高い税金を設定する一方で、この国に暮らす誰もが人間らしく生きる権利を守るべく、母子家庭や失業者などに手厚い社会保障を施している。そして、その考え方は人間だけでなく、牛や豚など家畜に対する扱い方や、サステイナブルな農業のあり方にもつながっている。デンマークのオーガニックムーブメントの思想を身をもって体感できるような、取っておきの場所へ案内しようと思います」

リサーチメンバーの気づき:

コペンハーゲンにおける生活意識の特徴とは

コペンハーゲンに到着して最初の印象は、晩夏の爽やかで過ごしやすい気候のなか、美しい街並みを走る多くの自転車や、運河の穏やかな流れを眺めながら思い思いの時間を過ごす人々の姿だった。その様子に、同じ都市住民でありながら日本の場合とは異なる自然への意識が醸成されていることが感じられた。
なお、コペンハーゲンの主要道路には自転車専用レーンが整備され、時速20kmで走行すれば赤信号にかからず走り続けられるなどの工夫が取り入れられることで、自転車は市民の5人に4人が日常的に利用する最も重要な交通インフラとなっている。これもまた、社会や環境に対する人々の意識の表れといえるだろう。

世界一とも評される高い幸福度や、オーガニックフードを積極的に取り入れる姿勢、エシカルな価値観など、この国を表現する言葉の多くはどれも、響きのよいフレーズで占められている。この場所で生まれ育ちながら社会問題に対するメッセージを発信してきた「THE INOUE BROTHERS...」の井上聡さんの話を手がかりに、現地の人々の生活空間を身をもって体験することで、コペンハーゲンという都市の実態や人々の意識の変化についてリサーチを進めていきたい。

美しい街並みで知られるコペンハーゲン。歩道・車道に加えて自転車専用レーンが整備され、水辺には憩いのスペースが設けられるなど、豊かな暮らしを支える工夫が凝らされている。


→ 次回  02 デンマーク
② オーガニック先進国の“食と農”の関係


リサーチメンバー (デンマーク取材 2018. 8/15〜17)
主催
井上学、林正樹、吉川圭司、堀口裕
(NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室)
https://www.nttud.co.jp/
企画&ディレクション
渡邉康太郎、西條剛史(Takram)
ポストプロダクション & グラフィックデザイン
江夏輝重(Takram)
編集&執筆
深沢慶太(フリー編集者)


このプロジェクトについて

「新たな価値を生み出す街づくり」のために、いまできることは、なんだろう。
私たちNTT都市開発は、この問いに真摯に向き合うべく、「デザイン」を軸に社会の変化を先読みし、未来を切り拓く試みに取り組んでいます。

2018年は、いままさに注目を集めている都市や地域を訪れ、その土地固有の魅力を見つけ出す「Field Research(フィールドリサーチ)」を実施。訪問先は、“世界最先端の電子国家”ことエストニアの首都タリン、世界の“食都”と呼び声高いデンマークのコペンハーゲン、そして、アートと移住の取り組みで注目を集める徳島県神山町です。

その場所ごとの環境や文化、そこに住まう人々の息吹、地域への愛着やアイデンティティに至るまで。さまざまな角度から街の魅力を掘り下げる試みを通して、街づくりの未来を探っていきます。

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