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障害のある生徒たちの「働く」を考える(2)-続・ワークキャリアからライフキャリアへ-

植草学園大学 発達教育学部  准教授  髙瀬 浩司

初めての養護学校学習指導要領・養護学校義務化と「働く」学び
 
前回も触れましたが、昭和30年代頃当時の「働く」学びは、職業自立や職場適応中心の時代。時には、「手に職を付けるための教育」「食べていけるための生産学習」等と考えられ、自分を抑えてでも周囲に合わせる受け身的な姿勢を強いる傾向も一部には見られるなど、生徒たちの主体性は後回しにされていきました。職業に限定された狭義のキャリア、すなわちワークキャリアに傾斜しすぎた「働く」学びの時代だったとも言えます。
 時を同じくして昭和38年、初めて養護学校小学部・中学部学習指導要領精神薄弱者教育編が示されることになります。当時の知的障害教育の場は、その多くが小・中学校の特殊学級で、比較的障害の軽度の子どもたちが中心。まだ、養護学校の高等部も設置されておらず、中学校卒業後は就職する生徒も多く、「職業教育」を中心とした教育課程が編成されていました。
 その9年後の昭和47年に、初めて養護学校高等部学習指導要領精神薄弱者教育編も定められることになります。養護学校義務化に向けた時代とも重なります。昭和49年の養護学校設置義務の予告政令により、各地に精神薄弱養護学校が設置され、さらに、昭和50年代以降は、高等部の設置も増加していきます。昭和54年の養護学校義務化に向けて、急速に障害のある子どもたち学びの場の整備が進められていきました。
 文部省の特殊教育資料によると、昭和53年には4,880名だった知的障害のある児童生徒の不就学者数は、養護学校義務化の昭和54年には1,256名と約4分の1まで減少していきます。このことは、養護学校に在籍する児童生徒の実態が大きく変化したことを示しています。重度の障害のある児童生徒や障害を併せ持つ児童生徒の増加により、「働く」学びは、児童生徒の多様な状態に合わせて、これまで以上に一人ひとりに適した内容が求められるようになってきたのです。

千葉大学教育学部附属養護学校に見る「働く」学びの再考
 こうした、混乱した生徒たちの「働く」学びの在り方を振り返ると、これまでの千葉大学教育学部附属養護学校の果たしてきた役割は、非常に大きなものでした。
 千葉大学教育学部附属養護学校は、千葉大学教育学部附属小学校・中学校の特殊学級から発展し、昭和48年に開校しました。これまでの教師主導の「働く」学びに対する批判や反省から、高等部等の作業学習では、自立よりも作業態度の育成が目標とされるようになります。しかし、知的障害教育の歴史の研究者である名古屋恒彦先生は次のように述べています。「多様な子ども一人ひとりの的確な対応の不足に基づき、教師主導の単元展開、子どもに合わせた活動の不足、子どもが自ら取り組む活動の不足などの問題が、実践を通じて明確になった。これら問題を克服することの必要性が痛感され、子ども主体の生活単元学習が指向された。」開校当初は、まだ課題の絶えない時期であったと言えます。
 開校から5年後の昭和53年、研究主題に「生活単元学習再考」を掲げ、これまでの反省や課題から、生徒たちの将来の自立という目標は、現在のライフステージ、今の学校生活における生活の自立や主体性を重視する方向に転換していきます。つまり、生徒たちの充実した学校生活、自立的で主体的な学校生活そのものが、将来の自立した社会生活や職業生活に直結すると考えたのです
 その後も、「新しい学校生活づくり」「学校生活の集団化と個別化」「生活のための、生活による、生活の教育」等の研究主題を掲げ、子どもたちの学校生活の充実や発展を重視した、実践的研究を進めていきます。一貫して、子どもたちの主体性を大切にした学校生活づくりを目指したのです。こうした、千葉大学教育学部附属養護学校の徹底した、子どもたちの思いに寄り添った実践が、生徒たちの主体的な「働く」学びを再興したといっても過言ではありません。
 こうして、現在の特別支援学校高等部における中心的な「働く」学び、「作業学習」では、生徒の自立的で主体的な活動を重視し、現行学習指導要領解説にも示されているように、「生徒の働く意欲を培いながら、将来の職業生活や社会自立に向けて基盤となる資質・能力を育む」ことを願うようになりました。つまり、生徒たちの「働く」学びは、ワークキャリア中心の考え方から生徒たちの現在の主体的な学校生活を大切にしたライフキャリアを重視する方向へ、長い年月をかけて着実に転換が図られてきたのです。

キャリア教育の誤解
 特別支援教育においては、これまでの昭和20年代頃からの試行錯誤の中で、生徒たちの「働く」学びの在り方が次第に確立してきました。その一方で、平成11年の中央教育審議会答申「初等中等教育と高等教育との接続の改善について」、いわゆる接続答申で、キャリア教育の必要性が初めて示されます。
 その背景は、若年層のキャリア問題です。答申では、次のような点が挙げられました。「児童・生徒の多様化と少子化による18歳人口の減少」「戦後の進学率の上昇等に伴う過度の受験競争」「学歴社会の弊害」「学歴偏重社会」などの課題です。
 その課題への対応のために、望ましい職業観・勤労観及び職業に関する知識や技能を身に付けさせること、自己の個性を理解し、主体的に進路を選択する能力・態度を育てる教育(キャリア教育)を発達段階に応じて実施することなどの必要性が提言されたのです。
 この答申を受ける形で、平成21年3月に告示された特別支援学校高等部学習指導要領にも、初めてキャリア教育という文言が明文化されることになります。当時の特別支援学校高等部学習指導要領には、キャリア教育の推進について、次のように記述されました。

第1章 第2節 教育課程の編成・実施に当たって配慮すべき事項
4 職業教育に関して配慮すべき事項
(3)学校においては、キャリア教育を推進するために、地域や学校の実   
  態、生徒の特性、進路等を考慮し、地域及び産業界や労働等の業務を行
  う関係機関との連携を図り、産業現場等における長期間の実習を取り入
  れるなど就業体験の機会を積極的に設けるとともに、地域や産業間等の
  人々の協力を積極的に得るように配慮するものとする。

 5 教育課程の実施等に当たって配慮すべき事項
(6)生徒が自己の在り方生き方を考え、主体的に進路を選択することがで
  きるよう
、校内の組織体制を整備し、教師間の相互の連携を図りなが
  ら、学校の教育活動全体を通じ、計画的、組織的な進路指導を行い、キ
  ャリア教育を推進すること。
その際、家庭及び地域や福祉、労働等の業
  務を行う関係機関との連携を十分に図ること。

 これらのキャリア問題は、主に通常の学校の生徒に係る学校教育と職業生活の接続の在り方が課題とされました。障害のある生徒たちの「働く」学びは、これまでの特別支援教育における歴史的背景において、学校生活の充実と主体性の確保を大切にした取り組みを進めてきたのですが、特別支援学校学習指導要領にも改めてキャリア教育の推進について示されることになったのです。多くの学校現場では、学習指導要領の記述から、キャリア教育の推進のために、産業現場等における実習等の積極的な実施や計画的・組織的な進路指導の実施の必要性が示されています。解釈の仕方によっては、「学校の教育活動全体を通じ」と示してはいるものの、小学部では産業現場等における実習を行っていない、進路指導は高等部で行われるものなどと、キャリア教育は高等部段階で行われるもので、小学部段階の児童には必要ないと理解されることも少なくありませんでした。キャリア教育=職業教育・進路指導といった誤った解釈をされることによって、再びワークキャリアを重視する方向へ逆行してしまうことが危惧されたのです。(つづく)

【参考文献】
文部省(1978):昭和53年度特殊教育資料
文部省(1979):昭和54年度特殊教育資料
文部省(1995):作業学習指導の手引き
名古屋恒彦(1996):知的障害教育方法史  生活中心教育・戦後50年,大揚社
文部科学省(2009):特別支援学校高等部学習指導要領

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髙瀬 浩司 | 植草学園大学・植草学園短期大学 (uekusa.ac.jp)

植草学園大学・植草学園短期大学 特別支援教育研究センター
障害者支援を学ぶことは、すべての支援の本質を学ぶことです。千葉市若葉区小倉町にキャンパスをもつ植草学園大学・植草学園短期大学は、一人ひとりの人間性を大切にした教育を通じて、自立心と思いやりの心を育むことにより,誰をも優しく包み込む共生社会を実現する拠点となることを学園のビジョンとしています。特別支援教育研究センターは、そのビジョンを推進するため、平成26年度に創設され、「発達障害に関する教職員育成プログラム開発事業」(文部科学省)の指定を受けるなど、様々な事業を重ねてきています。現在も公開講座を含む研修会やニュースレターの発行なども行っています。                                     tokushiken@uekusa.ac.jp


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