宇宙新時代についての論考

11月16日(日本時間)に、宇宙飛行士の野口さんは、宇宙船「クルードラゴン」に乗って宇宙へ飛んだ。打ち上げから27時間後には、クルードラゴンは、ISS(国際宇宙ステーション)へのドッキングに成功。野口さんは、半年間、ISSに滞在するという。

本書は、宇宙飛行士の野口さんと、ジャズシンガーの矢野顕子さんが、宇宙に関する様々なテーマについて語り合う対談本である。クルードラゴンに対する野口さんの豊富も語られている。

ISSは肉眼で見ることができる(http://kibo.tksc.jaxa.jp/#visible)。最近は、寒くなってきたのであまり見ていないが、天気と時刻さえ合えば、ISSをよく眺めていた。

空を眺めていると、今まで見えなかった場所に、星のような光が見えてくる。しばらくすると、徐々に明るくなり、気づくと1等星よりも明るい。止まって見えていた光は、動いていき、徐々にスピードは上がり、角速度でいうと飛行機よりも速い。ところが、そのうちスピードは弱まり、光はある1点に留まる。そして、彼方に消えていく。

ISSを実際に見ると感動する。あんなに高いところを高速で飛んでいる物体に、人が滞在しているとは、にわかに信じがたい。宇宙飛行士は人類の代表であり、その行為はまさしく人類の挑戦だと思う。

思えば、人間は様々な挑戦をしてきた。海を渡り、大陸を横断し、エベレストを極め、マリアナ海溝に挑み、巨大な構造物をも造り出し、科学技術を進歩させ、ついには宇宙に到達した。常に挑戦し続けることは、人々に希望を与える行為だと思う。

今回の野口さんらの挑戦はどのような意味があるのだろうか。今までと大きく違うのは、ISSにドッキングしたのが、スペースX社が開発した民間宇宙船だったということだろう。このことは、本書にも指摘されているように、宇宙ビジネス時代の幕開けを象徴する出来事である。

クルードラゴンを開発したのは、イーロンマスク率いるスペースX社であり、ボーイング社ではない。ベンチャー企業の方が、歴史のある大企業よりも、優れていたということだ。

意思決定の早いスリムな組織の方が、スピード感を持って技術開発ができる。その背景には、技術革新による生産性の向上があるのだろう。個の時代と言われて久しいが、少数精鋭の組織が巨大な組織に勝った事例である。

今後は、宇宙空間で様々なビジネスが展開されるようになるだろう。月遊覧ツアーや宇宙ホテルができるのもそう遠い未来ではない。そうなれば、より多くの人たちに宇宙という存在が身近になる。

しかし、一方で、宇宙空間がビジネスの場として利用されることは、一種の危険もはらんでいる。宇宙から美しい地球を見れば、世界平和が訪れるというのは短絡的な発想ではなかろうか。

それは、我々の歴史を見れば明らかだ。人間の競争が過当となった際には、戦争、自然環境の汚染、生態系の破壊、人間同士のいがみ合いなど、負の側面が現れる。宇宙ビジネスという競争の中で、我々の未来は、分断と協調のどちらに針が振れるのかはわからないのである。

ただ、希望がある。今は、情報通信技術が発達し、世界中の人が双方向にコミュニケーションが取れるようになったことだ。つまり、宇宙空間でビジネスを展開する一握りの人間だけでなく、世界中の人々が宇宙を知り、地球の未来についての考えを発信できる時代になったという点だ。

すなわち、歴史を学び、宇宙空間においても同じ過ちを繰り返さないように、我々ひとりひとりが地球の未来についての思いを発信することで、分断を食い止めることができると思うのだ。そのためには、宇宙を身近に感じ、地球について考えることが必要なのだと思う。

では何を発信し、何をすべきなのか。本書から学べることを考えてみたい。

宇宙という場所は、地球上の未踏の地とは違い、特別な場所である。それは、「人間はどこから来たのか」という普遍的な問いに対して、哲学者は、「宇宙のはじまり」を考えてきたからだ。古代の人は、宇宙を眺め、多くの神話を生んだ。

未だに宇宙のはじまりはわかっていない。今、解明できているのは、ビックバンの発生直後からだという。結局、「無」の世界から「有」の世界が生まれるというのは論理的でない。そうなれば、神話のような非合理的な考え方の方が、むしろ合理的である。

野口さんは、本書の中で「死」について語っている。野口さんはエンジニアであるが、宇宙空間に出る直前の心境を「三途の川」と表現している。

その感覚が重要なのだと思う。宇宙という音のない闇の中で、生きることや死ぬことを考える。人間とは何かという問いや、人知を超える何かを感じる。そんな経験を今、我々はどこまでしているだろうか。

この先の未来に、宇宙へ行くことがあたりまえとなったとき、人間の心の中にある神秘的な感覚はどうなるのだろうか。飛行機に乗っても何も思わないようになるのだろうか。

つまり、言いたいことは、豊かになった実利的な考えの世の中で、どこか希望を見失いがちになった場合に何をすべきか。挑戦する人間から勇気づけられるのもいいけれど、それは、分断の歴史を繰り返す恐れがある。そうならないように、ひとりひとりが行動すべきではないか。具体的には、人間の心の中にある神秘的なものを、感性を研ぎ澄まして発信してはどうかということである。

つまり、それは「芸術」である。表現方法は何でもよいと思う。絵、音楽、彫刻、ファッション、ダンス、歌、文学・・・。生身の人間が表現するものが重要だと思う。

なぜ、そんな考えに至ったかというと、本書の聞き手が矢野さんだからなのだが、矢野さんは、本書の中で、「音のない宇宙を音で表現したい」と言っている。つまり、そういうことだと思う。

好きなことで、好きなことを、好きに表現する。そうすることが、世界の平和につながる時代。

ISSに接続されている日本の実験棟は「きぼう」という。良い名前をつけたなと心の底から思う。









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