ショート)エンジェルトランペット

保健所から私宛に濃厚接触者だと連絡があった。
明日、検査をするので外出禁止を通達された。

「今しかない」
私は生理用品を詰めた箱の下から、
小さなジップロックを取り出した。
中には若草色の粉。
私は笑いを堪えた。

夫の直樹は婚前から、私の親友である綾香と
二股をかけていたのは知っていた。

綾香のInstagramは、私へ当てつけするように、
直樹との匂わせがあり、
直樹が会社に忘れたはずのタブレットが、
綾香のInstagramの画像に写っていた。

私はキッキンに立ち、クッキーを焼いた。
少し大きめのチョコチップクッキーを2枚。
これで充分だ。

クッキーの生地に、
ジップロックに詰めていた、
乾燥した若草色の粉を混ぜる、捏ねる、焼いた。

♢ー♢ー♢

直樹はケチなところがあった。
昼休憩はうちで昼食をとる。

「今日も残業か。よそはリモートなのにな」
(…どうせ綾香と会うんでしょ)
白々しい直樹のセリフへ寄り添うように、
「これ、夜食ね。今日はおっきいクッキーよ」

雑にラップで包んだクッキーを渡す。
「いつも、悪いね」…本当は思ってないくせに

16時過ぎ、
警察から思ったより早く電話があった。
直樹が自損事故を起こし、即死だという。
助手席の相手も即死だと告げられた。 

電話口の警官に私は濃厚接触者だと告げると、
距離的に徒歩で良いので
直樹の確認に来て欲しいと言われた。

警察から訊いた場所に駆けつけると、
私は警官から防護服を渡された。
室内に入ると、
白い布に包まれた「物」が2個、並行に置かれ、
既に綾香の両親は到着し、廊下で号泣していた。

夫の直樹で間違いない。
直樹はウイルス感染しており、
それが元で運転を誤ったとの見解。
助手席の相手も感染者で、追突の衝撃から、
脳内出血だと聞かされた。

警察官は少し優しい対応だった。
仕事を早退して不倫する夫と、
家で夫を信じて待つ妻。
直樹の最低さに吐き気がしそうだった。

…やっぱり直樹も感染者か
綾香とは濃厚接触だろうが
私とはすれ違いばかりなのに、感染の可能性
まあ、でも…アレの効き目はあったのね

「法定伝染病扱いで、24時間以内に火葬となるが
奥様は立ち会えません」
私は嬉しさのあまり声を出して泣いた。
全てお任せしますと、しおらしい態度で。

私は警察から歩いて帰った。
10月の夜風は、晩秋を告げるかのように冷い。
意識して息を吐くと、白い気体となった。

嬉しさと辛抱強い自分を褒めていると、
防犯灯の下で、悠に2メートルはありそうな、
大きな葉っぱと白く垂れ下がる
「エンジェルトランペット」が浮かんで見えた。

今、けして凝視してはならない。
だけど、
「あなたのお陰よ。ありがとう」と思いながら
エンジェルトランペットの横を通り過ぎた。