三島由紀夫の青年達に対する声

三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実
を見ました。

いや~。

三島由紀夫という一人の肉体的作家のまた新たな一面が見れて、
非常に興味深かったです。

・・・以下(特に全共闘に対して)結構辛口です注意・・・

正直に言わせてもらうと、
全共闘側(特に第二部における赤ん坊を持った学生)、何を言ってるかさっぱり分からんかった。
ただ、この学生(達)、なんか嫌いだなという印象を持ったのだけははっきりしてます。
やたら哲学用語や誰かさんの名前やセリフを引用して、論点をずらして煙に巻こうとしてるとしか思えないのは、共産主義とか実存主義とかに関する私の知識がまだ足らないからなんでしょうか。

三島の言う内容の方がまだなんとなく理解しやすい。

右翼とか左翼とか関係なしにね。
主義主張の話じゃなくて、日本語としてね。

加えてつくづく思ったのは、先ほどの赤ん坊を連れた学生に代表されるが、
(この時代の?)東大生とは言え、やたらなんか思想(哲学)の世界でしか生きていない、言い方を変えると頭でっかちな存在、
加えて言動が非常に稚拙な存在だな、と感じた事である。
元々この討論会のポスターが下品(「三島が近代ゴリラと書かれており裸で日本刀を背中に差し首からペ〇スをぶら下げている」)だし、三島が話している最中でも、しょうもない下劣なヤジが飛ぶし、
三島が「君たちが一言『天皇』とさえ言えば、僕は君たちと共闘する」と言ったのを受けて、
学生側の「僕は今『天皇』という言葉を口にした。三島さん、僕たちと共闘してくれるね」
というセリフに至っては、アホかと思った。
討論でも何でもない。
文脈の中で「天皇」と言えばいいという意味ではない事など分かってるだろうに、上げ足取るのが目的になってるんじゃないか。

私は三島信奉者ではないし、
三島の言っている内容に賛成できない部分も多々あるが、
それでも、全共闘の巣窟に単身乗り込んだ後、
学生達からの挑発や暴言に対して、それへの反撃、挑発や暴言、ましてや言いくるめようなどと一切せずに、一つずつ論理だてて落ち着いて対応しようとしていた、
というのだけはすごく伝わってきた。

一つだけ学生側を擁護するとすれば、
三島の言う通り、
あの時確かに激しいエネルギーはあったんだと思う。

その方向が合ってるのか間違ってるのかは別として(人間の思想が、何に対して正しいか間違ってるのか考える事はそもそもナンセンスかもしれないが)。
その時代に比べたら、今の時代、(特に10代20代に)元気は無いように見えると、あの時学生だった世代(団塊の世代)の人たちは言うかもしれない。

だけど、私が思うのは、
いつの時代でも10代20代という年齢には何らかのエネルギーがあると思っている。
それが表層化しているかしてないのかだけの違いなのではないか。

私の思想がどういったものかは今回のテーマから外れるのでまた次の機会にでも(とは言えそんな大層なものを持ってる訳ではありませんが…)。

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