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泣いてもいいんだよ

ちょっと飲み過ぎたのかもしれない。
私は娘を前にして、くどくどと言い訳がましく、同じことばかり繰り返したような気がする。

あなたと弟のどちらに対しても、一生懸命に向き合ってきたけれど、
それでも結果的には、
「何もわかってもらえず、考えを押し付けられて辛い思いをしてきた」
と、言わせてしまったね。

親を知らずに育った私は、親であることに不慣れで、未熟で。
大切に思えば思うほど、心はどんどんすれ違って。
酷い言葉も投げつけたよね。


娘は私よりたくさん食べて、たくさん飲んで、それなのに少しも酔わない。
「あのね、私はお母さんのこと、恨んだり、憎んだりしてないからね」
と屈託なく笑う。
「そりゃあ思春期には、いろいろ思うこともあったし、全力で反抗して反発したよ」
ハイボールを一息に、美味しそうに飲んでから、そう諭すように言う。
「だけど、社会に出て見方が変わったの。あぁ、あれもこれも全部、本気で私のために言ってくれてたんだなって」

私はビールのせいにして、指先でしきりに目尻を拭う。
泣くもんか。
「お母さんてさ、びっくりするくらい、世間体とか見栄とか、気にしてないよね」
泣くもんか。

「……あいつもね、俺は両親のことを尊敬してるって言ってたよ。言葉や態度では、そうは見えないかもだけどね」
駄目だ。決壊。


「お母さんの甘い玉子焼きが食べたくなって挑戦したんだけど、全然うまく作れなくてさ……」
そんなことを言うもんだから、専用の玉子焼きパンと、いつも使っているキビ砂糖を買いに出る。
あれほど毎日のように焼いていたのに、今ではすっかり作らなくなってしまったな。

娘は節約のため、職場に弁当を持参しているらしい。とはいえ、ご飯を詰めて冷凍食品を並べただけなのだそう。学生時代、私が弁当に入れていたおかずをあれこれ挙げて、さも懐かしそうに笑う。
そう言えば、たとえ喧嘩しても、数日、口をきかなくても、弁当だけは綺麗に完食していたっけ。


若い人は皆そうなのかもしれないけれど、「何が食べたい?」と言いながらサクサク検索して、店を決め、駅からの最短ルートを調べてエスコートしてくれる。
私は、田舎から出てきた母親らしく、キョロキョロしながらついて行く。
雑踏で、荷物を持とうか、と言われて、もう視界が滲んでしまう。

こんなに何も考えずに、ただ連れて行ってもらったことが、これまでの私の人生において果たしてあっただろうか。
いつだって私は、自分一人で考えて、調べて、そうして夫と子どもたちのために最適な選択ばかりをしてきた。
自分一人で荷物を持つことに慣れ過ぎて、誰かを(ましてや子どもたちを)頼ることなど思いもしなかった。



今回は、娘の困りごとを解決するために、勇んで訪れたはずなのに。
美味しいお酒とご飯でお腹いっぱいになって、ほろほろと涙をこぼして、そうして何だか、逆に元気づけられてしまった。

「いつでも連絡してね。辛い時には一人で抱え込まないで。違う角度から見えることもあるから」
そう言いながら私は、あぁ、きっとこの子は大丈夫だ、と心の内で思う。

改札まで見送ってくれた娘に笑顔で手を振ってから、駅の売店で缶ビールを一本買って帰路につく。
車窓を眺めながら、「泣くな!」と言われた遠い日のことを思う。私を叱る人など、もう誰もいないのだ。
そう考えながら、あぁ、きっと私も大丈夫だ、とビールを一息に飲んだ。




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