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●発売後即重版●冒頭大公開!【試し読み】高瀬隼子さん『め生える』
汗をかくと、はげが目立つ。髪と髪がくっついて頭皮が露わになるのが嫌で、汗がひくまでトイレの個室にいた。ハンカチで頭と首と、耳の裏を拭いた。滲んだにおいがする。案内された三畳ほどの広さのブースは、クーラーが効いていて涼しい。約束の時間の十五分前にこのビルに到着し、違うフロアのトイレで息を整えてからやって来た佐島には、すこし肌寒く感じられるくらいだった。
佐島は木目調の椅子に腰かけ、同じ柄のテーブ
【試し読み】弟の将来だけが希望持てるかも・・・朝倉かすみさん『非常用持ち出し袋』
■著者紹介
■あらすじ
■本文
1
小豆沢芙実は嬉しかった。
さっきから目尻に笑みがたまっていた。口元もほころんでいる。
喉を伸ばし、空を仰いだ。午後四時を過ぎていたが、三月の空はまだ青かった。どこもかしこもきっぱりと澄んでいる。
息を吸うと胸いっぱいに明るさが広がった。真っ白なシーツを思い浮かべる。物干し竿にかけ、洗濯ばさみで留めたシーツだ。
大きな風が吹いてきて、芙実の前
【試し読み】吉川トリコさん『コンビニエンス・ラブ』
■著者紹介
■あらすじ
■本文
―NEW GAME…
1
灰人の背中で卵が割れた。
「裏切り者!」
空気を切り裂くような金切り声があたり一帯に響いた。その言葉の強さにたじろいで、反応が遅れた。声のしたほうを振りかえると、犯人はすでにこちらに背を向けて走り出していた。薄暮の中でもはっきりと見て取れる、青からピンクへあざやかなグラデーションを描く長い髪。よく事務所の前で待ち伏せしているs
【試し読み】井上荒野さん『不幸の****』
■著者紹介
■あらすじ
所属する劇団が分裂しかけていることを聞いたばかりの沙恵美は、ホームクリーニングの仕事のため、約束の時刻に豪邸に着いた。しかし、家の奥さんは予定を忘れていた様子で、さらに間男らしき男もいる。沙恵美の見立ては正しく、奥さんことるみはある思惑を持って、大学時代の知人男性を招いていた。
不満と憤り、苦境にある、そんな二人の耳に唐突に、暴力的に届いたのは、子どもが悪戯で叫ぶ女性器
【試し読み】寺地はるなさんの連作シリーズ第5弾『マッシュルームルーム』
■著者紹介■あらすじ■本文 大学がとても広い場所である、ということは啓も知っていた。生まれてからの三十余年とんと縁のない場所だったが、いちおう知識としては知っていた、ということだ。
母は啓を大学に行かせたがっていた。「お金のことなら気にしなくていい」と死ぬ直前まで言っていたが、啓には経済的事情とは異なるふたつの事情があった。ひとつは学ぶことは好きでも人にものを教わるのが大嫌いだという性分。もうひ