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【小説】真神奇譚 第九話

 紀州は九州と違って明確な目的地がありました。ニホンオオカミ復活を夢見た人間がオオカミの特徴が強い野犬を集めてきて飼っているということでそこに行って見ることにしました。
 簡単に見つかると思っていましたがその人間が引っ越していたりしてあちらこちらと振り回されました。挙句の果てその人間は一年も前に死んでしまっていやした。
 これで紀州でのオオカミ探しも断念かと思いやしたが、その人の犬が一人だけ生き残っていてさらに山奥の家で飼われていることを耳にしやした。
 一縷の望みを繋いでその犬に会いに行きやしたよ。ようやくの事会って旦那もあっしも驚きやした。かなりの歳でしたがあっしには旦那の姿と瓜二つに見えやした。がっしりした体格、大きな顎、高い鼻梁、巻かない尻尾どこをみてもニホンオオカミそのものでした。
 旦那とその犬が話をしている間あっしは辺りを見廻っていましたがほんの数分もしないうちに旦那は肩を落として帰ってきやした。旦那が言うにはこれほど姿かたちが同じで匂いまでもオオカミのものなのに中身は全く飼い犬そのものだったそうで。
 流れている血はニホンオオカミに違いないが人間から餌をもらって暮らすうちオオカミの誇りも気概も無くしたんだろうと旦那は心底落胆してやしたよ。旦那が言うには本当のオオカミなら人間に飼われていたとしてもそう簡単に誇りを失うことは無いと言ってやしたがね。
 「そうかい、そんなことがあったのかい」お雪が大きな溜息をつくと眩次もつられて溜息をついた。
 「眩次よ話はその辺にしておけよ。いまでも思い出すと悲しくなるからな」小四郎は乾いた笑いを浮かべてお雪と眩次を振り返った。
 
 次の日、小四郎と眩次はお雪に頼んで語らずの滝まで連れて行ってもらうことにしていた。
 「姉さんは来やせんね。約束の時間は廻ってやすがね」眩次が外を見ながらぶつぶつ言っているとお雪が駆けて来るのが見えた。お雪は息を切らせながらお堂の扉をすり抜けて入ってきた。
 「悪いね。ちょっと野暮用が出来ちまってね。少し休ませておくれよ」お雪は座り込むとひとしきり毛繕いをした。


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