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今の敵は、緑色の渦巻きだけじゃない

その香りが、どうしたってあたしはニガテ。アレさえなければ、サイコーにハッピーなのになあ、って思う。この暑さとか、湿り気とか。大好きなのよ、あたし。

あたしたちに許された時間は短い。一生を旅だとするならば、今、目の前で手に持ったソレに火をつけようとしているあんたと比べると、あたしの旅は日帰りかもしれないわね。

そんな日帰り旅行レベルの時間しか許されないあたしの命の灯を、今あんたは思いっきり強い風を起こして吹き消そうとしている。

嫌な予感しかしないから、あんたから離れた。ああもう、もうちょっとだったのに。

別にね、好きだから近づきたいわけじゃないの。あんたが持ってるソレが必要なだけなのよ。だから、ちょっとくらい許してよ。あんただって、情けをかけて必要なものを「いらない」って言ったりなんか、しないでしょ?

あーあー。火がつけられた。一時退散しなきゃ。

本当はもっと甘いものがいいの。甘いものだけ飲んでいる方がいいのよ。

だけどさ、ほら。おいしくないものほど栄養価が高いとか、いうでしょ。しかめっ面しながら粉を飲む姿、見たことあるわよ。アレで、あんたは元気になったんでしょ。あたしにとっても同じこと。子孫を残すためにね、必要なのよ。

ああ、あそこに入り込めそうな隙間がある。今度こそありつけるかしら。

ああ、あの香りがしない。あそこに、あたしが求めていたものがあるわ。

……あ、あれ。あれ?

ちょっと待って。なんだかクラクラする。視界がはっきりしない。あれ、何、これ。何、こんな呆気なく、あたしの旅は終わるの?

あんまりだ。ああ、本当にあんまりよ。

「うわ、テーブルの上で蚊が死んでる」

「へえ、このスプレー式の蚊除けって効くんだね」

「においも特にしないのにねえ。現代科学の不思議」

「寝る前にもやっとこ。耳元で飛ばれたら寝られないから」



【今回のお題】「蚊取り線香」「旅」


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