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何を知りたいか

ザアア……と雨が降る。バケツをひっくり返したような土砂降りの中、冷房の効いた部屋で仕事をしていると不思議な平穏に心が鎮まる。
雨が降るのも、暑い太陽が照りつけるのも、当たり前だけど当たり前ではない。この世界に当たり前のことなどない。どうして地球は太陽の周りをまわっているのか。どうして地球にだけ水が存在しているのか。四季があり、水が循環し、いのちが生まれては消えて行くのはなぜなのか。どこから命は始まったのか。当たり前の中に生きているけれども、その一つ一つはすべて当たり前ではなくてとても不思議なものばかりだ。
仕事があることも、高度に文化の発達した国に生きているからであって、それは決して一人では築けない社会の恩恵として与えられた機会である。

妻がしばらく仕事をお休みしているので、お話する時間が増えている。

お昼ごはんにカレーを食べながら、「子どもの時にどんなことをもっと学んでおいたら良かったなって思う?」と聞いてみる。

「習字を小学校の六年間習っていて、それは楽しかったし字が上手くなったから習えて良かった。」

その後、しばらくの間考えて「この世界のことをあんまり不思議だと思ったことがなかったし、知りたいって思ったこともなかったから、何かに興味とか疑問をもって調べるのとか、出来たらよかったかな」と続けた。

分かったようなわからないような答えだったので、さらに聞いてみる。具体的には何を調べたかったの?例えば今の妻さんは何に興味があって、何について子どもの時から知っていたらいいなぁって思ってるの?

「ないよ。知っておいたら良かったなっていうのは何もない。笑
ただ、そういう知識欲みたいなのが子どもの時からあったら、なにか面白そうだなぁって思っただけ。
今はやりたいことはやれて、それで満足しているし、知りたいこととかもそんなにないなぁ」

知りたいことはないけれど、「知りたいもの」が小さいころからあったらいいなと思うということだった。

「知りたいものがあったら、一所懸命勉強したと思う?」

「あはははは。しないと思う。飽きちゃうもん。」

本当に、世界にはいろんな人がいる。

誰かの様にならなくていいし、誰かの様に生きられなくても問題はない。心地よくないものは取り除くことができたらいいが、どうしても取り除けないものは「この手の中にあるもので何とかやっていく。それが私の人生だ」と腹をくくるのも必要だ。

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