見出し画像

手紙を書く

前に「勇気をください」という記事で書いた文通相手に、手紙を書くことにした。

noteを書いたことで、色々考えや気持ちの整理がつき、書こうと思い立った。今下書きをしている。

書き始めて思ったのは、私はその文通相手との人間関係のおしまいを、もう受け入れていたんだなということ。「文通をおわりにしましょう」と言われたのは、7年も前。それから色々あって、自分も寂しいばっかりじゃなくなっていたのかもしれない。

約13年の文通をしていた期間、とても幸せだった。ずっと無条件に、そばにいてくれるはずだと信じ込む、身勝手で、幼稚な甘えの気持ちで、それが転じて傲慢さに繋がったという反省。

文通相手に伝えたいことは、感謝の気持ちと、ごめんなさいのお詫びの言葉。

下書きをしながら、この手紙が本当に最後になってもいいかなと思えてきた。

文章は不思議だ。

おしまいの儀式をしている気分だ。

この手紙に返事が来ても、来なくても、私はきっと大丈夫だ。返事がなかったら、寂しくて、悲しくて、耐えられないだろうと思って、「勇気をください」という記事を書いたけど、既に自分から「さようなら」を告げる手紙を書くだけの気持ちは整っていたらしい。

やってみれば、大丈夫ということもある。

「終わり」は寂しいかもしれないけど、「終われない」方がもっと辛かった。

丁寧に文字を書いて、お別れになるかもしれない手紙を書く。

なんか、スッキリしたかもしれない。

#日々 #日記 #文章 #エッセイ #毎日note #毎日更新 #手紙 #さようならの手紙 #おしまいの儀式 #終われないことの方が辛い


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?