反省文: あんなに憤っていたのにマミートラックを一番助長しそうな自分
昔から想像力豊かな妄想ガールな私には、
「想像怒り」というカテゴリーがある。
平たくいうと全く自分の身に起きていないのに、
めちゃくちゃ怒りが込み上げてくる状態。
おしとやかに言うと共感力が高いとも言えるが、
同居している家族、つまり夫などは、
さぞかし迷惑であろうと思う。
とどのつまり、
私には子供はいないし、マミーではないのです。
だけど、友人や同僚が「マミートラック」の話をするたびに、
けしからん!と、一緒になって憤慨し、
マミートラックと無縁であろう夫に心の中で怒って、舌打ちしていたタチであります。
(とんだとばっちりなマイハズバンド)
そんな私がこの度、
このままだと、ともすればマミートラックを助長する側の人間になるかもしれないと恐れを感じた事態があったので、今日はその反省文にお付き合いいただき、ご指導ご鞭撻のほどをお願いしたいと思いました。
どっちをリーダーに選びますか?
先日、生まれて初めて部下を持つ経験をしたプロジェクトから去る際に、次のリーダーに指名するとしたら参考までに例えば誰が良いかと聞かれた。
まさにラスボス的な課題である。
最近入った人等を除き候補者は2名。
【候補1】
メリー(仮名)、女性
仕事の経験期間は一番長い
彼女に意見を求めて間違ったことを言われたことは一度もなく、仕事の全貌をよく分かっていて信頼出来る
フィードバックも積極的に求めて改善しようとする
病気がちな家族を2人抱え、たびたび急な休みを取る
感情に左右されやすく、家族の状態が悪い期間は明らかにパフォーマンスは落ちる(仕事の進み具合だけでなく、クオリティーも)
【候補2】
ジャック(仮名)、男性
仕事の経験期間はメリーより短いが知識や理解も申し分ない
積極的に提案や意見を出してくれ、何でもやりたいと言ってくれる
安定したパフォーマンス
良いやつだが、議論好きなので拘らなくても良いところを持ち前の押しの強さで持論を展開し、頻繁に周りを遮ったり、議論を長引かせるのが気になる。
声が大きいタイプなので微妙に間違っていても周りが納得してしまう危険性があるのが気になる。
もしパフォーマンスが安定していたらメリーを押したいが、ジャックの気になりポイントも言えば直りそうな致命的ではないレベル感なので、
どうしようかなと悩んだあげく結局、
ゴニョゴニョはっきりしない解答をし、
ラスボス課題は不完全燃焼で終わってしまった。
断られて怖くなるということ
パフォーマンスが安定しているか否かとは別軸で胸を張って、
『メリーにリーダーを!』
と言えない理由はもう一つある。
私の恐怖心。
◇
以前、こんなことがあった。
メリーの働きっぷりがたいそう良いと思ったので、ワクワクハイテンションで新しい仕事をお願いしてみたのだが、
『Usagitail、そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、今家族がそういう状態じゃなくってこれ以上今は責任範囲増やしたくないの…』
と泣かれてしまった。
こりゃもう、悲しい、悲しい、悲シイタケである。
なんだか、私が泣かせてしまったようで、
ごめえええええんなさあああい、
という気持ち。
それからしばらくは、業務量を少なめにし、
聞いてもないのに、やらせてくれと言ってくる
ジャックにどうぞどうぞしながら時を過ごし、
ある時メリーの方から、もうちょっと業務量増やせると言われ、彼女も新しいこともやりたいと言ってくれる時期が到来した。
その様子を見て、
お?ほとぼりがさめて行けるか?と、
チャレンジラウンドツー。
再びusagitailはワクワクテンション高く、
時が熟したかと少し大きめの仕事を打診してみた。
すると、
『ごめんなさい…今度は家族のもう一人が具合悪くなってしまって、大きな責任を負うのは迷惑をかけるかもしれない』とのことで、
よっぽどタイミングが悪いのかなんなのか、
もうこの時点でわたくしは悲シイタケすぎて、
悲しさを紛らわすために冷蔵庫からシイタケ探してPCカメラの前で悲シイタケポーズ。
そこからというもの彼女に仕事をお願いするのを躊躇してしまうようになってしまって、
今回の件も含めて果たしてメリーはリーダーなんてやりたくないのではないか。
また、断られるんじゃないかとか。
心理的ハードルが上がるばかり。
一方、ジャックは言えばやると快諾してくれる。
そうして楽さを優先してしまっている自分を実感して、今回は子供の件ではなかったが、
マミートラックの原因はこういうところにもあるのかと、一番嫌な形で気づいてしまったわけです。
何が正解なのか
最近、Diversity & Inclusionというよくあるやつに追加して、
私の務める外資系企業ではEquityというコンセプトが追加されてDiversity, Equity & Inclusionと言われるようになってきた。
Equityとは、
皆出発点が違うからただ平等な機会を与えるだけでなく、さらに適切な補助を与えようねってことだそう。
この場合、どうすれば良かったんだろう。
めげずに恐怖心を振り払って対話を続けることが正確だったのか、
それとも、それだけでなくequityのために家族の事情があっても責任範囲が広げられるような策を考えるべきだったのか。
その策に対してジャックも納得するだろうか。
もしくは、これは私のエゴで彼女は遠回りに断っていただけで特にこれ以上頑張りたくないと思っていたのか。
結局明確な答えに辿りつけずに終わってしまったけれど、少なくとも上司に二人のパフォーマンスを伝える際に家庭の事情で難しいかもしれないという言い方はまずかったかなと反省しました。
皆様ならどうしますか?
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