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都市空間生態学から見る、街づくりのこれから vol.2

文:木内俊克


誰が・何がまちをつくるか


「街づくり」というくらいだから、まちはつくられるものだ。でも「誰が」まちをつくるのか、その主体について深く思いえがくことは、あまりないように思える。街づくりのこれからを勘案するにあたって、まずはその主体について考えてみたい。

まちで暮らす住民が主体だという声がまずあがりそうだが、大規模な建物を企画しているのはデベロッパーであり彼らの影響が大きいという声も聞こえてきそうだ。とはいえ建物そのものは設計者が設計していて、その良しあしが重要という意見もあるだろう。いやいや、建物や土木構造物の根拠は法律で、それらを律する国や自治体が公共の整備もしているのだから、行政こそがまちの主体だと考える方もいる。もちろん、まちは建物や土木構造物だけではなく、そこで商いが営まれてはじめて血が通うのであり、まちの印象をかたちづくっているのは、お店を営んでいる方、まちで働く方という考えもあるだろう。

さらに、まちをつくる主体という視点に立てば、まちにある価値を発信するメディア、そのコンテンツを生み出すデザイナーの存在も大きい。紙、Webメディア、人が集まることのできる場自体がメディアとして働く場合など、一口にメディアと言っても様々で、複層的なレベルでまちで起こっていることが可視化され、認知され、イメージが定着して形成される共同性がある[*1]まちとメディアは表裏一体だと言える部分がありそうだ。 

*1 「都市における共同性の構築・再構築をめぐる可能性と課題」(山本、地域社会学会年報 第31集、2019、pp.15-29)には、近年の日本の都市部におけるリノベーションを核とした街づくり事例が多数収録されており、海外の近似事例も参照しつつ、その傾向がまとめられている。地域資源の共同管理を必ずしも前提としない都市部では、不動産オーナー/事業者/利用者のいずれのグループにおいても新規参入率が高く、共同意識を育む上で、空間の共有に加え、メディアの果たす役割が大きいことが指摘されている。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jarcs/31/0/31_15/_pdf

あるいは、まちには多くの主体が各自の目的意識で集まってくるため、各自の活動をまちの活性化につなげようと調整を図るマネジメント役が必要になるケースがあることにも着眼できるだろう。それらのケースでは、いわゆる自治会やエリアマネジメントの仕組みにより、まちが回っていく。たとえば、全国各地の街づくりの調整役に、中立的な立場を取りやすい研究機関が入る仕組みとして2006年に立ち上げられたアーバンデザインセンター[*2]では、各地での知見が研究を通して全国的に共有されることで、街づくりの難問に突破口が見出されてきた側面[*3] がある。街づくりに求められる工夫や探求には、時に確かな専門性も求められることが見て取れる。

*2 「2006年11月の柏の葉アーバンデザインセンター(UDCK)創設時に構想された、課題解決型=未来創造型街づくりのための公・民・学連携のプラットフォーム」がアーバンデザインセンターと称され、各地の街づくり支援の為に立ち上げられている。

*3 一例として、アーバンデザインセンター大宮では「ストリートマネージメントスクール@大宮」のプログラムなど、全国的に普及している公民連携による街づくりのノウハウを地域の状況に即して提供する試みが継続されている。

まちに関わる人たちを主体化するツール


話を元に戻そう。まちの主体とは誰なのか?

ここまで一般に街づくりの概念の中でよく知られている視点からまちの主体を紐解いてきたが、読み進めて下さった方は、何がしか街づくりに興味を抱いてらして、ご自身の所属されている立場から何をすべきか、何ができるかを考えたくて、まちの主体にも興味を持たれていると拝察する。であれば、こう考えてはどうか。
まちの主体とは、平日には何らかの果たすべき役割をもってまちで仕事をこなしながら、同時にランチタイムやディナー、休日には一生活者として楽しんで暮らしている、そんなハイブリッドな立場の方々であると。

街づくりに関わる複数の主体は、やはりその全てが主体なのだ。だからこそ、どんな主体が関わっている場であったとしても、生活者として楽しく暮らしたいという視点に立ち返って街づくりを推し進められるかどうかで、立場を越えて目線をそろえられるかが変わる。つまり、街づくりの推進力を得られるかが変わる。

簡単そうで、これがなかなか難しい。例えば、リノベーションスクールの事例では、「まちのトレジャーハンティング」[*4]という「自由な発想で楽しむ体験をすることでより身近に自分事として」まちを感じることを学ぶ、というプログラムが用意されていたりする。ゆえに主体如何にかかわらず、したいことありきの目線を街づくりの現場に組み込むことを可能にしてくれる仕組みやツールに私としても関心がある。

*4 清水義次氏が代表をつとめる株式会社リノベリングは、エリア再生の為の短期集中実践型スクールを提供しており、まちに眠る潜在価値を掘り起こす方法論を「まちのとレジャーハンティング」と称して提供している。楽しむにもノウハウがあり、学ぶことのできるツールセットとして捉えるべき点があることがわかる。

2018年度、豊島区東池袋を対象に都市空間生態学の研究を進めていた中で、「まちの活気資源コード」という、街づくりのアイデアツールセットのようなものをつくったのだが、これが豊島区の住民、行政、地域の商店主、街づくりNPOの皆さんとおこなったワークショップで好評を博した。

カードは、研究チームでまちの方々からのヒアリングで伺ったアイデアやエピソードを元につくられたものだが、まちで何かしようよというとき、組み合わせれば多様なアイデアを半自動的に生み出せるというようなアイデアツールになっていて、「どこで」「何を」「どんなテーマで」の3つのカテゴリーに分けたアイデアが格納されている。そこに「1回、毎月、季節ごと、毎年」と書かれた頻度カードと、枠にはまらない概念が書き込まれた「おまけ」カードを加わえた5種類から構成される。

カードの組合せから、まちでできることの可能性を半自動的にひたすら列挙してはイメージを付け足していくと、住民、デベロッパー、行政、研究者といった立場があいまいになり、したいことベースでの議論をふくらませられる。あくまで可能性として一旦アイデアをリストアップしてしまえれば、そのあとはまたそれぞれの立場から、アイデアをどう評価し、実行に移していけるかを議論していける。

まちを変えるのは誰か


それともう一つ、今度は街づくりの仕組み全体が、立場を越えてしたいことありきの目線を養う為の装置になっているようなものも紹介したい。

せっかくなので毛色を変えて海外から。都市の未利用地をターゲットに、仮設的な建築のDIYにより人の居場所をつくり、そこでの実験的なアクティビティーの実践を展開しているベルリンの建築グループ、ヴェネチア建築ビエンナーレ2021の国際展示部門で金獅子賞を受賞したRaumlabor[*5]だ。

*5 Raumlaborは、ベルリンを拠点に、都市計画から都市介入、建築、美術までの領域を横断し、都市の未利用地を対象に、地域住民と地域外の専門家の双方を巻き込んでは、実験的な提案や介入により都市の新しい可能性を模索している建築コレクティブである。

Raumlaborが取り組む、2018年からスタートしたFloating University Berlin[*6] は、ベルリンの中心部にありながらそのまま放置されてきた雨水貯留域で、周辺から流れ込んでくる泥水の上に浮かぶようにつくられた仮設建築群を舞台に、とにかくそこに集まって何ができるかを議論し、実践・検証してはまた議論を重ねていくというプログラムだ。シンクをどうしよう、下水をどうしよう、机は?椅子は?そこから組み立てていく。未利用地の利活用実験ということで、短期的な都市介入により、少しずつ都市を変更する可能性を検証していくという考え方のタクティカルアーバニズム[*7]の流れもくんでいるが、未利用地で何もインフラがない中でできることを探索していくプログラムにより、都市でできること/したいこと/すべきことの可能性に対し、立場を越えた議論の場を生み出し、参加する様々な街づくりのエキスパートや住民の意識を根本から変えていくことに重点を置いているのがユニークだ。

*6 Floating University Berlinのプロジェクトウェブサイトは以下。

*7 タクティカル・アーバニズムとは、2016年にMike LydonとTony Garciaが主宰するThe Street Plans Collaborativeによる『the Tactical Urbanist’s Guide to Materials and Design』で、市に長期的な変化をもたらす為に、コミュニティーでも可能な短期プロジェクトを戦略的に実践していく手法全般を指して提示された概念。日本でも早くから注目を集め、近年では『タクティカル・アーバニズム ―小さなアクションから都市を大きく変える』(学芸出版社、2021年)が出版されている。

ベルリンの事例はぶっ飛んでいるかもしれないが、「まちの活気資源コード」と並べてみると、一旦前提を取り払い、立場も置いておいて都市の可能性の広がりに目を向けること、そしてそこから再度議論を組み立て直していく支えになるものという点で地続きであることがよくわかる。ささやかなものでも、大がかりに地域にしかけていくものでも、まずはフラットにしたいことありきの目線に立って可能性を拡張する。そこからまたそれぞれの立場や視点から議論を組み立て直す。必要があれば、また前提を問い直す。その先に、楽しさの探索と、共感が束ねられては力になっていく街づくりの実践が待っているはずだ。

木内俊克(きうち・としかつ)
京都工芸繊維大学 未来デザイン工学機構 特任准教授/砂木 共同代表
東京都生まれ。2004年東京大学大学院建築学専攻修了後、Diller Scofidio + Renfro (2005〜07年)、R&Sie(n) Architects (2007〜11年) を経て、2012年に木内建築計画事務所設立。2021年より株式会社砂木を砂山太一と共同で設立。Web、プロダクト、展示、建築/街づくりの企画から設計まで、情報のデザインを軸に領域を越えて取り組んでいる。教育研究活動では、2015~2018年 東京大学建築学専攻 助教などを経て、2022年より現職。2015~2020年に在籍した東京大学Design Think Tankでは、このnoteでも取り上げている「都市空間生態学」の研究を担当。代表作に都市の残余空間をパブリックスペース化した『オブジェクトディスコ』(2016)など。第17回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館展示参加。

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イラスト
藤巻佐有梨(atelier fujirooll)

デザイン
綱島卓也(山をおりる)