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FFXIV Original Novel: Paint It, Black #10


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まとめ読み:



21.

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「診断終了。視界システムが損傷、接続解除。任務継続、可能」
 ノイズまみれの声が言う。
 その声は可憐な少女である彼女とは似ても似つかない。
「お前、スリィ、なのか?」
 だがナインは目の前の少女がスリィにしか見えない。
 数年を経ていくらか成長した、かつての戦友にしか見えないのだ。
「作戦行動を再開」
 対して金髪の女はナインの言葉を意に介さない。まるで彼女の言語が理解できないように、耳に届いていないのだ。
 黒い鎧に覆われた女が再びガンブレードを構え、地を走る。兜の破損は彼女の行動に何のダメージも与えていないようだった。
「くっ……!」
 剣が迫る。ナインは円の動きを描いて槍を刃に叩きつける。火花が散り、横からの衝撃で剣の構えが崩れた。
 追撃すべきだ。
 ナインの本能は告げている。
 だが、だが!
 体は動かぬのだ。
 目の前にいる『敵』に攻撃すべきだということはわかっている。
 けれど、スリィなのだ。
 かつて己が守ると言った。
 かつて己が死なせないと約束した。
 かつて己を救うために死んだはずの。
 ……スリィなのだ。
 追撃の手が出てこないことに気づき、スリィは剣を翻した。腕を狙った斬撃が迫る。
 ナインは槍をしならせ、槍の尻尾にあたる石突で剣を叩く。金属音が響き、二つの得物は同時に弾かれる。
 弾かれた勢いのままにスリィが回転。ガンブレードの刃が閃く。
 ナインは呻きながら後退。鼻先を刃が通過する。
 いや、止まった!
 驚くべき腕力で強制的に止まったのだ。
 刃に沿うように備えられた銃口がナインの額を狙っている。気づいた彼女は全力で体を傾ける。そしてスリィは引き金を引いた。迷いなく。
 金属の死神は、ナインの頭めがけて飛び出した。
 危機一髪、ナインの回避は間に合った。姿勢を崩すほど体をひねることで何とか避けることができた。慣性に従って動きが遅れた灰色の髪に弾丸が命中し、何本かがばらばらと散り落ちていく。
 銃声で聴覚が戻りきらぬままナインは叫んだ。
「スリィ! 俺がわかんねえのか!」
 氷のように透き通った碧眼は敵を見つめるのみ。
「何をしているナイン!」
 風切り音とともに矢が飛来。
 スリィは矢を叩き落としながら後退する。
 ナインのフォローのためにロクロが動いたのだ。しかしアウレリアもそれを見逃さず、引き金を引きながら前進する。ガンブレードの銃弾と剣による突貫。全てを防ぐのは不可能だろう。
「死ね、蛮族! 死ね!」
 ――銃弾の狙いはわかっていた。
 長銃やガンブレードの訓練を受けた者は、銃撃の際に必ず腹部を狙う。特に軍人なら基本に対し忠実に従う。一撃で殺害できる部位よりも、敵兵を負傷させた方が戦場においては得だからだ。
 だからいかに高速で発射される弾丸と言えど、最初から狙いがわかっているのなら、ロクロというアウラが回避するのは難しいことではなかった。
 彼女は跳躍した。まるで体操選手のように足を天に向け、くるくると回転しながら宙を舞う。
 そして驚くべきことに、彼女は空中で狙いを定めていたのだ。
 アウレリアは突撃の慣性をいまだ殺しきれていない。
 その背中はがら空きだった。
 ひうん、と小さく風を切る音がした。
 それは敵の死を告げる音色。
 吟遊詩人の一撃はアウレリアの背中を貫いた。
「ぐがっ……!?」
 着弾の衝撃でガレアン人が倒れ、ガンブレードが地面を転がっていく。内蔵を射られたか、ごぼりと口から血液が溢れた。
 彼女は地を這うようにして剣に向かおうとする。その背中に一本、矢が突き刺さる。アウレリアの体が大きく跳ねた。
「あ、あ、あ……わ、わた、わたしは……本国に……故郷に帰るのに……いやだ……こんなところで……いや……とうさん……かあさん……」
 ごぼごぼと口から血液が漏れ、床にぶちまけられる。死にかけの芋虫のような姿を呈しながら、アウレリアが死から逃れようとのたうち回る。
 実験場の強い照明を背中に受けて、一つの真っ黒な影と化したアウラが歩み寄りながらさらにもう一本放つ。背中に命中。皮膚を食い破り、内蔵をかき混ぜる矢尻が彼女の行動を許さない。
「四発」言いながらもう一本を彼女の背中に追加する。アウレリアの体は意思と関係なく跳ねた。彼女にはもはや抵抗するほどの気力が残っていない。脳内麻薬を超える痛みに精神が耐えられないのだ。「きみが殺した兵士はそれだけ撃ち込まれても僕に無念を伝えるくらいたくましかったぞ。さあ、立て」

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 アウレリアは動けない。もう何も言葉を紡げないようであった。
 ロクロは帝国の諜報員の無力化に成功したと判断、何事が起きたか、敵に苦戦しているナインの加勢に動く。
 ナインの元に何度目かの刃が迫る。これまでは上手く防いでいたが、反撃ができないままである。反撃がない相手を攻めるのは容易であり、スリィは次々に攻撃を加えていた。
 自然、防戦一方となり、ナインは次第に追い込まれていった。
 本能は反撃をせよと言っている。
 だが体が動かない。彼女を傷つけようと意識する度に手が石のように重たくなってしまうのだ。
 隙を狙うようにスリィが横薙ぎに刃を振るう。さらにその隙を狙ってロクロが矢を放った。途中で刃を止めたスリィが横に飛んで回避。
 彼女はまだナインへの攻撃を諦めたわけではない。ロクロと自分の間にナインを挟むようにして射線を塞ぐ。
 ロクロは弓を構えたまま横に跳んだ。
「死んだら終わりだぞ、ナイン!」
「――クソ!」

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 そうだ、死んだら終わりだ。
 懲罰部隊もそうだったじゃないか。たとえ目の前の敵がスリィだとしても、理由がわからなかったとしても、自分が死んだら何もわからないままだ。
 それは嫌だ!
 ガンブレードが地面に擦れ、激しい火花を散らす。そのまま下から掬い上げるように刃が放たれる。
 ナインは穂先を横から走らせる。ガンブレードの刃は上方へと受け流され、一瞬だけ隙が生まれる。槍を差し込むほどの猶予はない。ナインは槍から手を離し、地を蹴って突進、肩からぶつかる。そのまま左肘を思い切り胸に打ち込んだ。
 確かな手応えがあった。スリィの顔がわずかに歪む。
 しかし決定打ではない。もう何発か打ち込まなければならない。ナインが掌底を叩き込もうとするが、スリィの反応の方が速い。
 黒い甲冑に包まれた右足が回転し、脇腹に膝蹴りが刺さる。ナインの口から空気と唾液が一緒になって漏れる。曲げられた膝は伸ばされ、そのままヴィエラの女を蹴り飛ばす円の軌道を描いた。
 宙へ飛んだナインは地面を転がって受け身を取る。彼女という名の遮蔽物が消えた瞬間にロクロが矢を射掛けるが、スリィは勢いよく後退する。
「スリィ!」
「――誰だ、それは」
 肘打ちが効いたのか、胸を押さえながらノイズまみれの声が答える。
 単眼女、スリィは初めてまともな言葉を口にした。
 初めて、ナインの声に応えたのだ。
「スリィ、お前なんだろ!?」
「……わたしの頭の中で喚くなッ!」
  スリィが叫んだ。
 今までとは違い、仮面の割れた部分から覗く顔には、苦悶の表情が浮かんでいる。今なら声が届くかもしれない。
 ナインが呼びかけを続けようとした、その時。
「思考レベルを低下させなさい。きみは私の傑作、超人兵士零号だよ。それ以上でも以下でもない」
 頭上から表情のない声が響く。無機質で、静かで、しかし不思議と耳に届く、そんな声だった。声は館内放送のためのスピーカーから聞こえてきた。
「了解。思考レベル低下」
 スリィの顔から表情が消えた。瞳は氷のように冷たく、こちらを見据えている。ナインは声の主を探すがどこを見ても影すらない。
「私を探しているね? 駄目だ駄目だ、そんなことしちゃあ。零号、戻っておいで。きみには修正が必要だ」
「了解、即時帰投を実行」
 言うが早いか、スリィはその場から跳躍した。
 ナインは彼女の名前を叫ぶが届かない。彼女は器用にも工業用作業アームを足場に天井へと登っていく。
 それに呼応するように天井ががばりと口を開けた。曇天の空には魔導駆逐挺が浮かんでいた。スリィはさらに跳躍。駆逐艇の底部ハッチに掴まり、するりと体を滑り込ませた。
 駆逐艇からワイヤーが降りる。先端についたアームが起動し、魔導アーマーに似た兵器と接続を開始。すぐに固定が完了し、駆逐艇は魔導兵器を持ち上げた。
「待て!」
 ナインは魔導兵器に手を伸ばす。だが間に合わない。
「言われて待つ人間がいると思うかね、ナインくん。チャンスは己の手で掴むものだ。幸運の女神様には前髪しかないのだよ」
 兵器を引き上げて魔導駆逐艇は上昇を開始する。
「それでは失礼するよ。さようなら、また会う日までお元気で」
 放送の声が途切れた瞬間、敷地内のサイレンがけたたましく鳴り響く。侵入者を知らせるものだ。すぐに敵兵が殺到してくるだろう。
「スリィ……」
 戦闘を終えて、ようやくナインに思考というものが戻ってくる。
 単眼の機械鎧を着た女――あれは、間違いなくスリィだった。かつて列車での任務で自分を助けるために谷底へ身を投げた少女。己の命と引き換えにナインを救った恩人にして友。
 それが生きていて、なぜだか俺のことを忘れていて、帝国軍の命令に従って俺に攻撃してくる。
 事実を並べてみても、生まれたのは混乱だけだった。自分の頭の悪さに反吐が出る。こんなことになるくらいなら、もっともっとちゃんと考えてくるべきだった。
 だが、少なくともナインにもわかる事実が一つ。
 スリィは生きていた。
 だったら、俺たちはもう一度話し合う必要がある。
 いいや、俺が話したいんだ、あいつと。
「わりぃ、敵を逃がした」
 自分の思いをまとめて、旅の相棒の方を見る。
 ロクロは付近の魔導ターミナルにアクセスを試みていた。制御が完了したようで、実験棟の巨大な壁が二つに割れていく。大型の機材を運び込むための搬入口だろう。
「今はいい」
 白髪のアウラはこともなげに言った。
 余計な感傷は不要ということだろう。今のナインにとってはありがたかった。
「行かねえのか?」
 彼女はこちらを見、片目を瞑って唇に人差し指を当てた。こんな状況だというのに、その仕草にどきりとする。
 ロクロは再び例の遺物を操作して何かを探している様子だった。
「あった、これだ」
 彼女が最後に操作を終えると、壁に設置された機械の腕が動き出す。アームは複雑に稼働し、壁に沿うように設置された格納スペースから何かを取り出した。
「魔導リーパー?」
「の、複座型だ」
 ロクロの補足通り、その二足歩行魔導兵器は通常の操縦シートの後ろにもう一つ、独立した操縦席がくっついていた。特徴的なのはそれだけではない。通常の魔導リーパーの兵装は、大きく開いた口に据え付けられた魔導カノン、そして比較的小口径の弾丸を発射する、側面の魔導フォトン砲だ。
 目の前に展開された複座型のリーパーには、本来の砲の他に砲塔が増設されていた。それは副操縦席から横に伸び、ある種の翼のように見えた。砲塔は両側に一門ずつ据え付けられており、副操縦席ごと回転して狙いを定める仕組みのようだった。
「実験中の機体だろう。ここを突破するには申し分ない」
「どういうことだ?」
「最初に配属先リストを見た時に、こことは離れた場所に別の施設があることに気づいた。ここはあくまでも積荷を下ろす場所で、本来は実験を行う施設じゃないんだろう。それにさっき見た例の死体について、あの白衣の男に訊かなきゃならないことがある」
「ああ、それについちゃ俺も同じだ。あいつに訊かなきゃならねえことが山ほどある」
「じゃ、契約成立だね」
 ロクロはアウレリアの方を見た。彼女の体は既に冷たくなっており、もう何分も前に事切れたようだった。
 二人は彼女を追ってここまでやってきた。アウレリア・ゴー・タキトゥスの死をもって二人の目的はある意味で達成されていたが――新たな問題が発生している。
 再び手を組む時が来たのだ。
「よろしくな、相棒」
「ああよろしく」ロクロは美しく微笑んだ。「ところで、きみに魔導アーマーの操縦経験があるといいんだけど」
「任せやがれ!」
 彼女は操縦席の淵を掴み、跳び上がる。慣れた身のこなしで主座席に座った。



22.


 二人は一つの魔導兵器に乗り込んで脱出を開始する。
 しかしそこに、けたたましい音を立てながら二足歩行機械が飛び込んできた。
 それは魔導アーマーだ。
 砲撃戦仕様のものではない。魔導プレデターと名付けられたそれは、リーパーを原型に生産性と近接戦闘を重視したモデルだ。余計な装飾を省き、背部ランチャー以外の射撃武器を排除することで生産コストが大幅にカットされている。そのためリーパーよりも無骨な印象が強い。特徴的なのは、人間で言う両手にあたる部分に、長い爪状の武器が付いていることだった。
 実験棟格納庫に飛び込んできたその機体は、特徴である長い爪を振り上げてこちらに向かってくる。
 ナインは操縦桿を引いた。賢い馬に対する手綱がごとき制御によって、リーパーはステップを踏むように大きく後退。あの爪は対人用に開発されたものなれど、鋼鉄程度ならやすやすと切り裂くということを、彼女は知っていた。
「すげえ歓迎ムードだぞ! 撃てるか、相棒!」
「大体わかった!」
 プレデターが間髪置かずに再び接近。右の爪を大きく振り上げながら迫る。主座席に許された主砲の制御――魔導カノンによる砲撃でプレデターを撃破することは容易だ。だがそれでは意味がない。ロクロが砲塔の制御を理解しなければ意味がないのだ。ナインは再び操縦桿を動かした。
 プレデターのクローを右への移動で回避。敵の突撃に対し平行に移動したため、主砲は敵機を捉えられなくなる。あとはロクロ次第だ。
 ――副操縦席が回転。ロクロが二本の操縦桿を操作すると照準器の中央にプレデターが躍り出た。彼女は躊躇うことなく引き金を引いた。
 両翼に据え付けられた機関銃が唸りをあげて弾丸をばら撒く。
 金属の弾丸は侵入者を撃退せんがために出撃した魔導プレデターに命中し、装甲に穴を開ける。青燐機関をぶち抜かれたプレデターたちは小規模の爆発を起こしながら機体を崩壊させた。機体片が飛び散り実験場を戦場風味に彩っていく。
 機械の駆動音が接近。今度は二機が格納庫に滑り込んでくる。どちらも魔導プレデターである。おそらくだが、彼らは砲撃戦仕様のリーパーを出撃させることを渋っているのではないか、とナインは予測を立てた。
 いかに侵入者を排除するのが目的といえど、実験棟のような施設には何があるのかわからない。もし引火でもしようものなら、大事故に繋がりかねないのだろう。
 魔導プレデターが突進を開始する。二機同時に、巨大な爪が鋼鉄を斬り裂かんと迫る。
「掴まってろよ!」
 ナインは大声をあげて操縦桿を操作する。こちらに向かってくるプレデターに対して前進を開始、彼我の距離が一気に詰まる。
 プレデターのクローが触れる直前でリーパーが地を蹴り、一瞬宙に浮かび上がる。姿勢制御スラスターが噴射され、高度を上げる。プレデターの操縦手が驚愕しながら天井を見上げた。
 二機のプレデターの上を飛び越え、背後に着地。リーパーは勢いのままに滑る。さらにナインが姿勢を制御することで、滑走しながら方向転換、背後に向き直る。
 主砲たる魔導カノンの発射口に火が灯った。
 ほぼ同時に副操縦席が転回。ロクロがトリガーを引き弾丸を斉射する。
 主砲から砲弾が発射された。向かって正面の魔導プレデターに命中、魔導兵器は爆発し、炎上する。
 右側のプレデターに金属の雨が降る。厚い雨に装甲を打ち砕かれ、そちらのプレデターも爆発した。
 リーパーはそのまま実験棟の外へと向かう。
 空は曇っており、遠くに見える海は波が荒い。
「侵入者へ警告する! 今すぐ投降せよ!」
 太陽光を遮って影が落ちている。その影は三つのコブで構成されていた。
 航空型魔導兵器、スカイアーマーだ。単座型の魔導兵器で、中央の操縦席に兵士が乗り込み、左右の原動機に取り付けられたプロペラが回転し、エーテル翼となり空中浮揚を可能にしているのだ。中央のコブからは二本のアームが伸びており、そこには機関銃が仕込まれているはずだ。
 副操縦席が回転、銃口をスカイアーマーへと向けた。乗り込んだ兵士は慄いた。自分たちが普段使用している兵器が自分に向けられることに慣れていないのだろう。そして彼は慄きの表情のまま、墜落することになった。薬莢が排出され、ある意味では心地よい金属のぶつかる音が響く。
 空中浮揚の魔導兵器がさらに二機接近、ナインは機体を猛スピードで前進させる。貨物コンテナが立ち並び森林のようになった地帯を走るリーパーに対して、追いすがるスカイアーマー。
 副操縦席と砲塔は背後を向く。二人の体は、二足歩行による移動で上下に揺れるがロクロの狙いは乱れない。彼女は再びトリガーを引く。
 小口径弾の群れが機体に殺到。弾丸は鋼鉄の皮膚を食い破り、原動機にも命中。プロペラの出力が低下し、バランスを崩してふらふらと落ちていく。墜落した僚機が自分の背後で爆発するのを無視して、もう一機がアームをこちらに向ける。
「ナイン!」
「あいよ!」
 リーパーが速度を落とさぬまま横に跳ぶ。先程まで機体が走っていた地面に銃弾が殺到し、穴を開ける。跳弾した弾丸が悲鳴をあげながら風景に流れていく。
 副操縦席が機銃を掃射するが、スカイアーマーが上空へと逃げる。
「射角が取れない!」
 一般的な魔導リーパーよりも射角の自由度が高いとはいえ、さすがに限界はある。敵機は出力を最大まで上げてリーパーの真上を飛行している。スカイアーマーは対地攻撃を目的とした機体だ。そのアームの稼働幅は非常に広く――真下にも銃口を向けることができる。
 真上から銃弾が降り注ぐ。弾丸はリーパーの装甲に命中し、火花が散る。操縦席を覆う壁はなく、ロクロやナインに当たるのはまずい。操縦席から下を覗くことが難しいことから正確な射撃ではないというのが不幸中の幸いだった。
 ナインはリーパーの速度を落とした。スカイアーマーの操縦手はやはりその視点から気づくのが遅れた。
「撃て!」
 ロクロが引き金を引き、銃弾が発射される。銃弾の群れは敵機を追いかけるようにして対空砲火を浴びせた。弾丸は装甲を貫通して機体に穴を開け、飛行能力を失ったスカイアーマーは遠くの方へと落ちていき……爆発四散する。
 更に敵機が接近。空にスカイアーマー二機、地上に魔導リーパーだ。
 ロクロの機関銃が唸り、一機のスカイアーマーが爆発。
 リーパーがこちらに追いすがろうと迫る。ナインは魔導フォトン砲を回転させ、背後に向かって機銃を掃射する。全方向対応の移動砲撃拠点と化した魔導兵器があらゆる場所に向かって弾を吐き出し続けた。
 迫ってきていた魔導アーマーたちを片付けても、また新たな敵機が接近する。
 二人は撃って撃って撃ちまくった。
「快適な運転をお楽しみいただけてるか、お客様?」
「新型の目覚まし装置としては最高の出来だと思うよ」
「そりゃどうも」
 ナインは再びリーパーを前進させた。先程の速度に戻すにはまだ時間がかかる。
 それは、減速した分だけ敵に捉えられやすくなるということを意味する。
 貨物コンテナの隙間から敵兵が現れる。長銃で武装した兵士たちだ。数は五人ほど。
 兵士が引き金を引き、弾丸が放たれる。音速を超えて飛来する銃弾はロクロの頭を掠めて彼方へと過ぎ去っていく。彼らを振り切るにはまだ速度が足りない。
「下がれ!」
 ロクロは銃座を回転、背後に向けて機関銃を斉射。膝立ち状態で射撃を続けていた黒鎧の兵士たちは己に向けられた銃口を見て回避を試みる。
 コンテナに近かった二人はすぐに遮蔽物に隠れることができたが、三人は間に合わなかった。機関銃の弾丸が彼らに命中し、頭や体に不規則な穴が穿たれる。血と肉の赤色をばら撒いて地面に倒れた。
「どこ行きゃいいんだ!?」
 ナインが大声で訊いた。実験棟からは既に離れている。実験用の施設は他と比べて汚れが少なく、確かにここだけが新たに増設された棟であることを感じられた。
 しかし空に駆逐艇の姿はなく、白衣の男――コルウスとスリィの後を追おうと思ってもヒントすらない状態だ。
「いい、そのまま進んで!」
 だがロクロには自信があるようだ。先程の魔導ターミナルから情報を得ているのかもしれない。
 とりあえずのところ彼女の指示に従うことにし、リーパーは前進を続けた。ようやく元の速度まで回復し、機体は一定のリズムで揺れ続ける。
 魔導兵器の駆動音に、鋼鉄の足が舗装された地面を走る音、潮風が耳を撫でる音。それら全てを通り過ぎていく。
 コンテナ群の様子が次第に変わっていく。これまではきっちりと閉められた鋼鉄のコンテナが立ち並ぶだけだった貨物置き場だった、巨大なクレーンがいくつも林立している。
「もしかして……」
 疑問を口に出すより先に、複数の魔導スカイアーマーが再び現れる。
 先程より別の方面から飛び立って来たものらしい。同時に何十人もの帝国兵もコンテナの上に登り、長銃でこちらに狙いを定めていた。
「頭痛の種のお出ましだぞ!」
「『頭痛薬』を叩き込んでやれ!」
 長銃や魔器を構えた兵士たちから弾幕が展開される。リーパーは左右に回避を試みる。その間もロクロは砲塔を敵に向けて銃撃を続けるが、いかんせん数が多すぎる。
 空中では何度も爆発が発生し、地上の敵兵を削っているが、次々に敵が現れるのだ。
 魔法攻撃が脚部の一部に被弾し破損、速度がわずかに落ちる。出力を全開にして追いすがってくるスカイアーマーの腕部からも銃弾が放たれ、数発が着弾。装甲の表面が打ち砕かれる。リーパーの機関銃は唸りを上げて迎撃するが、航空兵器はすぐに転回して回避。弾丸の雨は届かない。
 兵士の奇襲は凌いだが、ここは連中の拠点だ。すぐに先回りした部隊が再展開されるに決まっている。
「このままじゃまずいぞ!」
 ナインが叫び、一旦遮蔽物に隠れることを考えて速度を緩めようとする。
「止まるな!」機関銃が唸りを上げる中、ロクロの澄んだ声が彼女を制止した。「次の隙間で左のレーンへ移れ!」
 潮風が吹きすさぶ。このまま前へ進み続ければ海へ落ちることになる。さすがの試作機のリーパーといえど、姿勢制御スラスターで空を飛ぶことはできない。
 だがロクロはあくまで進めと言うのだ。ナインは操縦桿を握り締めた。
 スカイアーマーが再び飛来。背後から軸を合わせて腕部射撃を命中させようと目論む。だが軸が合うのはリーパーにとっても同じこと。ロクロの覗く照準器がスカイアーマーの原動機を撃ち抜いた。機体は不可思議な軌道を描きながら墜落していく。まだ二機残っている。
 右方向から飛んできた機体が銃弾を浴びせる。相手はヒットアンドアウェイを徹底しているようで、すれ違いの一瞬にしか攻撃を仕掛けてこない。
 その一瞬のみ高度を下げるのだが、わかっていても捉えるのは難しい。撃ち落とすことができず、装甲の一部に着弾してしまう。
 やがてもう一機も合流し、編隊を組んだ。再び機体が接近。
「ここか!?」
 ナインはコンテナの一部に隙間ができているのを見つけた。作業車や人員を通すための空間だろうが、ここなら速度を落とすことなくレーンを変更できそうだ。しかしロクロの意図が読めない。レーンを変更したところで、航空攻撃を躱すことができるわけではないのだ。
 だが彼女は迷うことなく操縦桿を操作した。コンテナの間を一瞬で抜け、石で舗装された道路をリーパーが駆ける。その時、ナインはあることに気がついた。
 目の前に広がっている道が海の上まで続いているのだ。海の向こうには海上施設と思われる陰が見え、そして舗装された地面には――鋼鉄の線路が敷かれている。
「輸送用の魔導列車か!」
「相乗りするぞ、ナイン!」
 線路上には貨物を載せた列車の姿も見える。海上の施設へ物資を運搬するのに用いられているのだろう。確かに荷物を輸送するのに毎回飛空艇を飛ばしていたらきりがない、というわけか。
 列車は敵機が近づいているのを察知し、巨大なクレーンを使って貨物を積み込み、慌てて発車しようとしていた。ロクロはこれを知っていたのだ。
 己がやるべきことはわかった。列車はついに走り出している。このまま青燐機関を回転させて、徐々に速度を上げていくだろう。
 とにかくあれに飛び乗れってんだろう。
 操縦桿を握る手が汗ばむ。ロクロは変わらず対空射撃を続けているが、航空機の操縦手の腕がいいのか、いまだに有効打を与えられていない。だが彼女を疑いはしない。こいつはやると言ったらやる女だ。
 ナインはリーパーの操縦に集中した。周囲の景色が色あせ、時間が鈍化する。
 列車の車輪は回り、青燐機関は火を吹くほどの熱をもって運転士の命令に答える。
 スカイアーマーが飛来。二機編隊でこちらに急降下攻撃を試みる。腕部の銃口が鈍く光り、銃弾を発射しながら高度を落とす。
 副操縦席が回転。砲口は空ではなく前方を向いている。
 だがロクロは対空攻撃を諦めたわけではない。
 砲塔が回転、機関銃ではなく大口径砲に切り替わる。ロクロが引き金を絞ると、右の砲が火を吹いた。
 発射された大口径の砲弾は凄まじい速度で風を切り裂く。列車に命中――しない。列車を通り過ぎ、更に向こう側のクレーンの基部に命中する。基部に砲弾を受けたクレーンはバランスを失い、ゆっくりと倒れていく。横方向に突き出た手とも言うべき部分は、その長さのせいもあり大きく回転しながら崩れ落ちていく。
 その腕の先に。
 二機の魔導スカイアーマーがいた。
 まさに今、急降下攻撃を仕掛けんとする機体に巨大な質量が襲いかかる。
 操縦手は死の直前まで何が起きたか理解できなかっただろう。魔導兵器の鋼鉄はより強大な質量を持ったクレーンによって歪まされ、そのまま機体の破片をばら撒きながら墜落。土煙に爆発で色を添えた。
 ひゅう、とナインは口笛を吹いた。
 しかし即座に真顔になる。クレーンを破壊して敵をぶっ壊すのはいい。面白い閃きだ。称賛してもいい。
 だが、だが。
 目の前に土煙と崩壊したクレーンそのものが迫ってきている。
「避けろ、ナイン」
「めちゃくちゃ簡単に言うよなぁ!?」
「雇われ運転手評価に五ツ星を付けてやるから!」
 勝手を言いやがる。
 列車の車両は既に本格的な走行速度になりつつあった。貨物の積み込み作業に従事していた兵士や労働者たちはクレーンの崩壊を目撃して散り散りに逃げるか、あるいはその場に倒れていた。
 目の前の『障害』以外にはリーパーを邪魔するものは何もなかった。
 クレーンを構成していた鉄骨が宙に躍り出る。基部が崩壊したことで何本もの『骨』と化したそれらは、横倒しになった形のままこちらに跳ねて迫ってくる。
 ナインがじっと目を細めた。あんな巨大な『骨』に衝突するようなことがあれば、いかに魔導兵器と言えどひとたまりもないだろう。いや、それは既にスカイアーマーが証明していた。
 鉄骨が地面に落ち、自らの衝撃で再び宙に飛び上がる。その隙を狙ってナインは加速する。
 機体を骨と地面の間に滑り込ませた。

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 第一段階は通過。
 ズアア、と土煙と砂埃が機体の周りを包む。
 滑り込んだ先でも鉄骨は宙に舞い上がっており、それらが落ちてくるのが見える。
 ぎりぎり、行けるか?
 ナインは速度を維持したままそれらを見極める。
 行ける、行けるはずだ。リーパーの速度が保たれたまま進む。
 漆黒の機体の表面、装甲に鉄骨の姿が映り込む。彼女が『行ける』と判断した骨の向こう、土煙の中からもう一本の骨が現れたのだ。
 このままの速度ではまずい。
 そう判断し、機体を操作するには遅すぎる。ナインの脳裏に巨大質量に押し潰された二人の姿がよぎった。
 ――瞬間、彼女の耳に届いたのは、鼓膜を刺激し心臓を揺らす、重たい銃声。
 副操縦席が放った砲弾が鉄骨に命中し、外側へと弾き出す。
「今後の期待を込めて四ツ星ってところかな」
「うっせえ!」
 難所は抜けた。
 土煙を抜けた先、列車の後ろ姿が見える。発車を急いだためか、最後尾の車両には何の積荷もなく、空虚を載せて走っていた。
 おあつらえ向きだ。ナインは操縦桿を動かす。巨大な脚が一瞬動きを止めて地面を滑っていく。前方スライドの状態を維持しつつ、魔導リーパーが足で地面を蹴って大きく跳躍。二人の体を大きく揺らす。大人のヒューラン三人分ほどの高度に上昇した。
 ナインが座席から尻を離した。真下を見るにはこうやって覗き込むしか方法がない。一方で、手は操縦桿から離さない。強く握りしめたままである。
 列車の位置に着地するにはややずれている。彼女は姿勢制御スラスターを吹かして位置を調整する。
 一度、二度、三度。脚部のスラスターが噴射される度に推進剤が消費され、魔導リーパーの巨体は宙を滑空する。
 そして。
 着地の衝撃が二人の体に伝わる。
 もう鋼鉄の脚は動いていない。機体は完全に静止していた。
 ただコンテナ群の風景だけが風とともに後ろへと流れていく。
「成功だ」
 ナインが呟く。
 魔導リーパーの姿は、輸送用魔導列車の貨物車両の上にあった。
 これまでの無茶と被弾、それに着地の衝撃が祟ったのだろう、リーパーの脚は徐々に傾いていく。二人は慌てて機体から降りた。風が二人の髪を揺さぶる。やがて魔導リーパーの右脚関節部が崩壊し、機体はバランスを崩して転がった。
 試作機とはいえ、もともと既製の魔導アーマーに副操縦席が追加された形の機体だ。どれだけ脚部を強化したとしても、重量の増加は単純に脚部への負荷増加に繋がる。ここまで保ったのが奇跡的なくらいだろう。
 それでもヴィエラは感謝の念を込めて、褐色の右手を鋼鉄の塊に近づけた。拳を握って手の甲をこつんとぶつける。
 そして背中から槍を抜き放つ。
「行こう、ロクロ」
「ああ」
 魔導列車に乗り込んだ兵士たちは既にこちらの存在に気がついている。橙色のランプが灯り、車両内が危機状態にあることを知らせているのだ。
 二人は前へ進んだ。
 そこにどれだけの敵が待っていようとも。
 その先に何があるとも知らずに。
 ただ前を進むことしか知らなかった。


続く。


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