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FFXIV Original Novel: Paint It, Black #13 Epilogue


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26.エピローグ


 照りつける太陽が頭を焦がす。太陽光への対策に布製の帽子を被っているのに、おそろしいほどの熱を感じている。
 視界の全ては砂色だ。
 粒の細かい砂が、一面に満ち満ちている。一歩進める度に砂が体重を受け止めて沈むため、足元も覚束ない。
 加えてこの空気だ。太陽光に熱された空気は非常に熱を持っており、鼻や口から息を吸う度に、己の内側が燃やされているのではないかとさえ思ってしまう。
 全く、ダルマスカ砂漠は厳しい土地だ。飛空艇の一つでも用意すべきだと思うけれど、この辺りは帝国軍の監視も厳しい。反乱軍の制空権は――望むべくもない。
 なるべく傾斜がついていない砂丘を選んで歩くが、丘を超える度に新たな砂の塊が現れる。砂漠を行くということで、ある程度の諦めはついていたものの、こうして実際に脚を動かしているとうんざりする気持ちも出てきた。
 それからいくつもの砂丘を超えたところで、ようやく目的としたの集落に辿り着いて安堵する。
 小さいながらも泉があり、周囲には家が立ち並んでいる。土と木材で作られた伝統的な家で、壁の至るところに穴が開いている。ただ日光が入らないようにしっかりとした庇も付いており、厳しい環境の中で通気性を確保する工夫が見られた。
 小さな集落とはいえ流通の経路になっているらしく、隊商を相手にする露店が並んでいる。市場のような雰囲気があり、思ったよりも多くの人で満ちていた。
 日除け布の下で目を動かすが、目的としているモノは見つからない。
 亜熱帯の強い日差しを避けるためにここらの人間は皆厚着をしているか、頭を覆い隠すものを巻いている。これでは人相など確かめるべくもない。
 地元の料理を売っている店、飲料水を売っている店、荷車を牽引する動物用の飼料を売っている店……。どこにも人はいたが、目的の人物は存在しないように思えた。

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 ――僕は一人の女を探していた。
 彼女の特徴を訊ねるために容姿を思い出す。
 灰色の髪、褐色の肌、翠の瞳、長い兎の耳。それと胸。
 いくつかの店と家を周り、時にギル硬貨を巧みにちらつかせながら質問を重ねると、彼女は確かにこの辺りで活動しているらしいことがわかった。数十ギルを払った店にて、オアシスに一軒しかない宿で部屋を取っているということがようやく聞けたので、僕は同じ宿を借りることにした。
 宿のロビー――と呼ぶには狭く、みすぼらしく、木製の簡素な机と椅子が一対あるのみだ――で時間を過ごす。
 サービスで水が出てきたが、何となく匂いが妙だ。少なくとも新鮮ではなさそうだったので、杯は机の上の飾りと化した。手持ちの水袋が空になったら、市場に買いに行く必要がありそうだ。
 そろそろ持ってきた書物を紐解くのにも飽きてきた夕刻、入り口から一人の女が現れるのを見た。砂漠の狼を狩ってきた帰りらしく、戦利品としていくつかの皮を手に提げていた。
 果たして、それは僕の求めた人物であった。
 彼女はこちらの目を見て静かに短剣を抜こうとした。ただならぬ雰囲気に宿の主人が慌てて奥へと引っ込んでいく。




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「やあ、お嬢さん」
「誰だてめえ」
「――あ、そうか。これじゃわかんないか」
 僕は日光避けの帽子や布の類を全て取り払った。
 そういえばここに来てから脱いでなかった。ものぐさなのもいかんいかん。
「トカゲ野郎……」
「きみが心の中で僕をどんな風に捉えているかわかったけれど、友人にかける言葉としては不正解じゃないか? ナイン」
「だーれがお友達だっつうんだよ。てめえは息災だったかよ、ロクロ」
 褐色のヴィエラは僕の目の前に座った。ボロボロの椅子が、ぎし、と音を立てた。
 ナイン・フィアレス。
 元傭兵、元帝国軍の懲罰部隊、現脱走兵、再び元傭兵で、かつて僕とある事件に関わった女性だ。
 今でもあの露出の激しいウラエウスコートを着ているのかと思ったが、さすがにこの砂漠の日光は堪えたのか、肩から下は長い日除けの布で覆われていた。
「しばらくぶりか?」
「ああ、まあ――そうだね。アッキピオの後、少しして別れたから」
 彼女は例の事件の後、冒険者となった。
 戦い専門の傭兵ではなく、ギルドに所属する冒険者だ。というかまあ、僕が教えてやれる生き方はこれしかない。他にも色々あったと思うし、彼女の選択肢は様々だったとは思うけれど、結局彼女はこれを選んだ。
 その選択には色々あったんだろう。でも僕には知る由もない。
「……ま、いい。てめえの顔が見たかったわけじゃねーが、安否が気にならないと言やぁ嘘になる」
「聞いたよ、旅をしながら各地で依頼を請け負ってるんだってね」
「色んな場所を見た方がいいと思ってな」
 翠の瞳は窓を見つめた。太陽が地平線へと沈んでゆき、空と砂漠を真っ赤に染めている。
 彼女の出身を思えばダルマスカ方面の旅には何か思うところもあっただろうけれど、今のところはレジスタンスに関わっているわけではないようだ。村々の依頼を受けつつ旅をしているといった感じだろう。
 であれば、何とかなりそうか。

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「で? てめえはどうしてダルマスカくんだりまで来てんだ? まさか観光ってわけじゃねえだろ」
「いや急に砂漠に沈んでいく太陽が見たい気分になって」
「それならザナラーンのサゴリー砂漠でもいいだろうが。くだらねえこと言ってないでさっさと話せ」
「もう少し会話を楽しむ気持ちを持つのが冒険者として生きるコツだぞ」
 目の前の彼女は長い脚を組み、こちらを冷ややかな目で見つめていた。
 わかったわかった、本題に入ろう。
「ちょっと帝国とやり合わなきゃいけなくなった。専門家の手を借りたい」
「嫌だ」
 即答であった。
「ちゃんと報酬出すから」
「金の問題じゃねえ」
「じゃあ何の問題があるんだ」
「てめえと仕事したくねえ」
「傷つくね」
「笑ってんじゃねえか」
 ナインの眉間に皺が寄っていく。
「僕ら二人、それなりに相性良かったろ?」
「なあトカゲ女、よく思い出してみろ。てめえ前に組んだ時、何やったと思う?」彼女は頭を掻いた。「ボートで急流下りして一大スタント、飛空艇に忍び込んで艦橋の占拠、墜落する飛空艇から落下、わざと敵を呼んで物資補給、挙げ句は魔導兵器を奪って大暴れだ。一つの戦いでこんな大立ち回りする馬鹿がいるか?」
「生きてるじゃないか」
「命が足りねえつってんだよ」
 長身のヴィエラは溜息を吐いた。
「まあとにかくだ、帰ってくれ。こんなところまで来てくれてわりぃけどよ。もう帝国とやり合う気にはなれねえんだ」
 彼女の視線が落ちていく。瞳の色は暗い。
 すっかり日は落ち、室内の闇が濃くなってきた。宿の主人がランプに炎を灯すため、燐寸をこする音が室内に響いていた。
「――南方ボズヤ戦線の話は聞いてるか?」
「あ? 属州のことなんか知らねえ」
 興味もねえしよ、とナインが呟く。
「ボズヤ・レジスタンスが立ち上がり、第Ⅳ軍団とやり合ってる」
「最近の東方地域じゃよくある話だろ。ドマ解放からこっち、独立の機運とやらが高まってるみてえだし。それが上手くいくかは正直わかんねえが」
「僕もほんの少しだけお手伝いをしててね。諜報活動中に気になる言葉を耳にした。新しく導入を検討する兵器の名前を、捕虜の将校が口にしたんだ」
 僕は肘を机に付けて顎を支える。
「――『災厄(カラミティ)』、と」
 杯の水面が揺れる。
「アッキピオの兵器は海底だ。どう足掻いても回収などできようはずもない。ましてや現在のガレマール帝国は皇帝の暗殺と内乱で大荒れだ。無事かどうかもわからない兵器を、深海から回収するほど余力があるわけもなし。ただ、それにしては兵器の名称が具体的すぎる。だから僕は一つの仮説を立てた。『カラミティ』の研究は何者かに受け継がれ、第Ⅳ軍団の管轄で復元が進められているのではないか、と」
 僕はナインを見つめ続けた。
 室内はほとんど暗闇に満ちていた。部屋の中央に灯されたランプの炎だけがぼんやりと僕らの姿を照らしている。薄暗がりの中で、僕の赤い瞳だけが爛々と輝いているように見えただろう。
 ナインは静かに席を立った。
「話は終わりということかな」
 彼女は奥の階段を登り、自室に戻っていった。
 僕は静かに息を吐いた。煙草でも吸いたい気分だったが、生憎手持ちは切らしていた。宿の主人に訊けばパイプくらいあるだろうけれど、水の入った杯からして清潔さには期待できそうにない。
 僕は仕方なく借りた部屋に戻り、携帯糧食と飲料水を腹に入れ、眠ることにした。
 日中は拷問のごとく熱き土地ではあるが、日が沈むと一転、びっくりするほど気温が下がる。薄汚れた毛布は体の下に敷き、日除けの外套を被って朝まで眠った。
 ――明朝。
 まだ日の出ていない時間帯。僕は宿を出て、集落の端に向かった。
 再び砂漠を横断しなければならない。
 まだ涼しいうちに出る必要があるが、地図を見たところ数時間はかかる道のりだ。昨日と同じ、太陽光に焼かれる覚悟が必要だろう。
 集落の入り口には石でできた柱が二本、並んでいる。風化して崩れた場所もあるが、僕の身長より少し大きいくらいのそれは、集落の出入り口を示すためのものだ。
 その柱の間に、誰かが立っているのが見えた。
 長い耳の伸びた、長身のシルエットが浮かび上がる。
「やあ、一緒に行くかい」
「そうだな、少しばかり西の方に行く予定だ」
「奇遇だね。僕もそっちに行こうと思っていたところなんだ」
 彼女の隣に並び、僕は言う。
「じゃあ行こうか」
「ああ、夢を終わらせに」
 僕らは再び歩き始めた。
 遥か彼方、二人の背後から太陽が少しずつ登り、道を照らし始めていた。


Paint It, Black
-The Person Who Sold The World- ...End

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ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

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