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風の通り道


ケーンと
雉はひと声鳴いて
蜜柑畑から飛び立ち
向こうの丘の藪に降りて
灰褐色の翼をたたんだ

空は丘に別れを告げるように
ずっと遠くまで青く
夏の終わりの太陽の下
無花果の樹と萱の茂みの間の
涼しい風の通り道に
立っていたのは誰だったのか

蜜柑畑で過労で倒れても
木陰で休んで何でもないと笑い
また働いた父だったのか

幼い私を見守りながら
額の汗を手甲で拭い
摘果作業をする母だったのか

電信柱の上に止まって
弁当を狙う烏に話し掛けながら
草取りをする祖母だったのか

あるいはまた
流れて行く白い雲を掴もうと
空に向かって手を伸ばす
幼い私だったのか

それから
幾つも
幾つも
幾つも 年月は
過ぎて行ったけれど

ケーンと
雉はひと声鳴いて
蜜柑畑から飛び立つ

空は丘に別れを告げるように
ずっと遠くまで青く
みんなが行ってしまった国へ
白い雲が流れて行くから

私は今日もまた
涼しい風の通り道に立って
空に向かって思い切り
手を伸ばしてみる



 *ネット詩誌「MY DEAR」315号
 <今月の詩>コーナーに加えていただきました。

初秋の蜜柑畑


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