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記事一覧
浮かんでいる #シロクマ文芸部
十二月になっても迎えはこなかった。
八月に入ったばかりの土日、
お父さんとお母さん、
小学生のお姉ちゃん
まだ歩けるばかりになった妹のまどか。
そして私、五人で千葉の海へ行った。
お父さんはお姉ちゃんにクロールを教えていて、
お母さんは砂浜で妹と小さなお城を作っていて、
私は浮き輪で海に浮いていた。
プカプカと浮き輪で浮いていると、
どんどんお母さんと妹の姿は遠くなっていった。
お姉ちゃん
世界の終わり #シロクマ文芸部
最後の日、だと思った。
当時私はまだ小さくて、「皆既日食」なんて現象は理解できなかった。
大人たちは「●年ぶりだ」と大騒ぎだった。
大人のそのソワソワしている様子は楽しそうで、
大晦日の忙しくしながらも楽しそうな、あの雰囲気を漂わせていた。
その皆既日食の日はたまたま休みで、
お父さんとお母さんとお兄ちゃんと庭に出てその瞬間を見届けようとしていた。
「あと5分もしないで始まるぞ」
外では風
レンタサイクルの彼女 #椎名ピザカバー
▼夫、椎名ピザのレンタサイクルの彼女を自己流カバーして書きました。
珈琲とコーラを一つずつ頼んだ。
僕の口の中で想定外の苦味が広がり、彼女の珈琲を間違えて飲んでしまったことに気がついた。
「あっごめん」
「いや、コーラは炭酸のシュワシュワ見れば分かるじゃん」
彼女は上目遣いで子どもっぽく口を膨らまし、抗議した。
腕時計に目を落とし彼女がすっと顔色を変えた。
「ごめん、レンタサイクル返す時間
流れていくもの #シロクマ文芸部
本を書く部屋は川の流れる音がした。
私の父は、本を書く人で、昔小説で何かの賞を取ったことがあるらしい。ただその1回だけで、それ以降は全く本を書いても売れないらしい。
そして、もうほとんど本を書いていない。
父の書斎は沢山の本はあったが、それよりも地域の将棋大会で優勝したときの賞状がずらりと並び、存在感を放っていた。
その部屋からは家の横を流れる小川が見え、ツンとする匂いがした。
ちょろちょろ
夜とチャリとポップコーン #シロクマ文芸部
食べる、夜に、ポップコーンを。
20時に娘を寝かしつけ、いつもは保育園の送迎に使うママチャリで映画館へ向かう。
自転車ってこんなにいい乗り物だったっけ。
朝は車に轢かれないよう、安全に娘を保育園まで送り届けることに夢中で、
夕方は仕事に疲れた体で娘を迎えに行き、夕飯のことを考えながら自転車を漕ぐ。
周りの風景なんて考える暇もない。
だが、この今は目の前のこの状態だけに目を向けられる。
空気
どうでもいいこと #シロクマ文芸部
「平和とは、どうでもいいことで悩めること」
と、おばあちゃんが言っていた。
私がまだ学生の頃、
一緒に住んでいたおばあちゃんに、
学校の友達の話や勉強の話を沢山していた。
「いいね、あんたみたいな若者がそういう、小さなどうでもいいことで悩める平和だっちゅうことだね」
おばあちゃんはニコニコしながらそう言った。
こっちとしては真剣に悩んでいたことも、このように返されて少し腹が立ったことを覚えて
風鈴と部室 #シロクマ文芸部
文芸部の部室の窓には、風鈴がかけられていました。
夏に限らず一年中かかっていたそれは、あなたが持ってきていたものだそうですね。
チリンチリンと鳴る風鈴の音と本の匂いで充満する部室は、私にとって高校時代を思い出す愛おしい風景です。
私たちの通っていた高校は女子校で、
文芸部は、セーラー服のスカートを校則通り膝下に履くような人たちが集まるところでした。
教室で目立たない私たちは、
文芸部で真面目に