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2018年9月の記事一覧

化粧を落として考えてみる

化粧を落として考えてみる

初めて化粧をしたのは、中学生か高校生のころだったか。四つ違いの姉がしてくれた。べつに頼んでないのに。
姉はお人形さん遊びでもしたかったんだろうけど、手元にないのでわたしがお人形になったんだろうか。

なんだか変なにおいのするファンデーションを塗りたくられて、肌は余計に汚くなった。
アイシャドーで色がつけられた一重まぶたは、余計に腫れぼったく見え、眉毛はげじげじのように太かった。
安っぽいピンクの口

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みなさーん、週末にもnoteを投稿してくださいね〜

みなさーん、週末にもnoteを投稿してくださいね〜

土日になると、noteの投稿が少なくなってちょっとさびしい。
毎日書く/描くという作家さん(noteに投稿するひとのことを、プロアマ、ジャンル問わず全員「作家さん」と呼ばせてもらっている)も、「平日毎日」という条件付きのひとが多いようだ。

わたしは数年前からサービス業に従事するようになって、「週末」という概念は自分のためのものじゃなくて、仕事のためのものになった。
週末だからお客さんが来るかな〜

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あいつがやって来る

あいつがやって来る

夜には虫の鳴き声が聞こえるようになり、
冷蔵庫が自分を冷やそうと大きな音を出すことはなくなり、
猫がお膝抱っこをねだる回数が増え、
ベッドで頼りない肌掛けに必死にくるまるようになり、
風呂が長くなり、
日傘とノースリーブの出番が少なくなり、
そうめんの消費のためににゅうめんを作るようになり、
そうして涼しげな風とともに秋の野郎がひたひたとやって来つつある。

ぶきっちょな三段論法

ぶきっちょな三段論法

人のためになにかをすることは、人間の本能であると言われることもあれば、「人」の「為」と書いて「偽り」などと言われることもある。

人のためになにかをすれば、「結果がよければ」という条件付きで、それをした側が気分がいいことは確かだ。
なにかをしてあげるべき、あるいはしたほうがいい状況だったのにしなかった/できなかったときは、罪悪感を覚える。罪悪感から自分を正当化することもある。

先だって、近所のマ

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他人の靴を履いてはいけません

他人の靴を履いてはいけません

「いい子になれますように」

七夕の短冊にわたしは毎年そう書いていた。
サンタクロースがいることを6年生まで信じていたが、この七夕のお願いごとも6年生まで毎年書いていたように記憶している。

なにをもって「いい子」とするかにもよるが、今思えば基本的にそれほど悪い子ではなかったと思う。
姉が子どものころからとにかく落ち着いていたので、家のなかではわたしの普通の子どもらしさが悪目立ちしていたのだと思う

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