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地方自治体の福祉制度事情➀

 

まえがき 突然の方針転換について


 突然であるが、「心霊ドキュメンタリー」の実証研究と印象批評からの営業方針を転換することに決めた。

 「心霊ドキュメンタリー」のアレコレについては今後も進めていく予定だが、身近な現実に思うところが、もう一人の執筆者である知人と共に色々とある。フォロワーである数名の方々には堪忍していただきたい。

 私は地方に在住しているが、当地の福祉制度の利用について、アレコレと関わっている。いわば「身バレする」事態となれば様々なリスクが考えられるため、発信には注意深さ、慎重さが求められる内容ではある。それでも今回から発信に踏み切ったのは、個人的に「これはあんまりでは」と感じざるを得ないケースに遭遇する場面が多く、なおかつ福祉関係の書籍ではジャンルと問わず、取り上げられることのないトピックであるためだ。

 これから発信していくエッセイらしき代物は、長らく付き合いのある知人からのリクエストをうけて、知人が個人的に記録したデータや私的な会話を纏めた日記、アテにならない私の記憶や経験、勘らしきものを基礎としている。それに知人と私との間で改めて手を加えて文章化していく。地方自治体の福祉行政、それに医療機関での両者の体験談および、なにやら法律上のノウハウめいた話である。

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地方自治体における福祉行政


知人について

 私は短くない時間を、市役所の制度や医療機関を利用する知人、それに知人の親類縁者と関わって過ごしてきた。

 知人と親類縁者、私との関係については、多言を費やす必要はない。なりゆきで私は、知人の福祉的な「支援」のようなものを頼まれた。それだけで充分だ。それ以上に踏み込むのはプライバシーの問題だ。
 
 だが私自身といえば、行動の結果が「支援」になっていると感じたことは一度もない。時間と労力、資金が掛かる割には「実入り」と感じる結果が少ない。

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知人の持病

 知人にむかって医師が下した正式な診断名とは、心的外傷後ストレス障害(Post-traumatic stress disordor)が長期間に及んだもの、複雑性PTSD(Complex post-traumatic stress disorder)である。
 
 私が素人にしては過去の仕事柄から、多少は福祉制度の知識があることや、役場との交渉に臨んだ経験があったため、現在まで知人が福祉制度を利用するとき、通院の際には協力を頼まれている。

 知人の症状は本人いわく「それなりに重い」。家族は治療や回復にまつわる一切に、関わることを忌避している。いろいろ訳があり、知人の家族は支援にまつわる全てを私にアウトソーシングした。私は障害者福祉について、全く素人なのだが。
 ここからが本題だ。なりゆきで参入した障害者福祉と医療業界は、理想主義的な言説とは全く異なる業界であった。

 とりあえず、私立病院から大学病院への転院の手続きをする際のエピソードから始めたい。

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自立支援医療制度の利用と、医療機関との摩擦


無知な市役所福祉課と、電話窓口でデマカセを発する私立病院

 福祉制度のひとつに、自立支援医療(障害者総合支援法)というものがある。心身に障害のある個人が医療機関を利用する場合、必要な医療費を公費負担して軽減する制度である。この制度なのだが、知人が居住地の近くにある私立病院から別の大学病院へと転院する手続きに協力したとき、ややこしい駆け引きを市役所と私立病院のあいだで繰り返す必要があった。

 まず市役所職員に電話を入れるが、電話口に出た男性職員は別の部署から異動して間もないのか、はじめは自立支援医療の存在そのものを理解していなかった。「そんなもの、あるんですか?」と、とぼけた言葉を口にした。

 よく探りを入れてみると、どうやら制度の名前自体は漠然とは知っているが、具体的な制度の仕組みを理解していないらしい。私が手元にある資料と、障害者自立支援医療費受給者証の用語を照らし合わせつつ制度の仕組みを説明すると、なんとなく職員は納得したような様子を見せた。後日、市役所の福祉課へと直接に赴くので、職員の名前を指名、日程のアポイントメントを取ってから電話を終えた。

 ここまで約1時間ほど時間を費やした。つぎは、これまで知人が利用していた私立病院へと電話を入れる。結論から先に言えば、私立病院の電話窓口は市役所よりも質が悪かった。

 転院手続きについては、この時点では私立病院のかかりつけ医に紹介状を書かせ、大学病院へと郵送が済んであった。郵送された紹介状については、大学病院に到着したことを確認済。この後が問題になる。

 知人は障害年金を受給しているが、その更新は翌年に迫っていた。障害年金の更新には、年金の申請書類のひとつである医師からの診断書が必要となる。また転院先でも患者の症状を前もって把握しておくため、かかりつけ医からの診断書は必ず求められる。診断書が無ければ、転院が出来ない。つまり、通院している病院側が正式な診断書を渡さなければ、制度上は転院ができない。

 患者とその家族が、転院を決める社会的権利は当然ある。ならば私立病院の側は、転院時に必要である診断書を保管しているだろう。転院のために正式な診断書を患者側に手渡すだろう。建前上は、そうなっている。
 
 そう考えて念のため、私立病院の電話窓口には「転院のための診断書は保管してあるのか」と聞いてみた。診断書の有無については今から確認するので、確認が取れたら折り返し電話をする、と窓口の女性は答えた。

 1時間ほどで私立病院から電話が掛かってきた。診断書が「無い」という。つまり保管していない、診断書は存在しないという。
 そうきたか、と思うと同時に、返ってくる答えなどロクなものではなかろう、との予感はあった。

 というのも以前、知人はセカンドオピニオンである別の医師(都市部の中心にクリニックを構える医師である)からは「障害年金についての診断書が届いたら、開封してコピーを取っておくように」と教えられていた。そうして知人は障害年金の申請書を出すまえに封筒をあけ、診断書のコピーをあらかじめ取っておいた。

 診断書が収められた封筒については、いちおう医師のみが開封してよいことになっている。患者自身が封筒の中身を開け、診断書の内容を確認するのはタブーであるかのような「建前」となっており、そう患者に吹き込む医師もいる。私立病院のかかりつけ医も、患者であった知人に向かって同じことを吹き込んだ。

 だが、これは営業上のハッタリだ。私立病院のハッタリを鵜呑みにせず、申請前に開封して診断書のコピーを取っておかなければ、後で「いろいろと面倒になる」。そう知人はセカンドオピニオンの医師から教わっており、同じ内容は知人を通じて、ずっと以前から私にも伝わっていた。

 「いろいろと面倒なこと」とは、こうした手続き上のトラブルを指す。患者の転院を阻む目的から仕掛ける罠である。患者が医師や病院へと寄せる信頼感情や依存心、知識の不足につけこんだ仕掛けを、日ごろから色々と蓄積しているものだ。それは先の市役所職員など、地方自治体でも同じ。

 私立病院から折り返しの電話が掛かってくるあいだに、知人に「診断書のコピーは何処かにあるのか」と訊ねた。知人は自室にある関係書類の山から診断書のコピーを探し出し、私の手元に届けた。私立病院から折り返しの電話が掛かってきた時点で、私の手元には知人がもってきた診断書のコピーがあった。

 「そうですか、診断書はありませんか。おかしいですね、私の手元には診断書のコピー、確かにあるんですけど…」

 …などと言いつつ、診断書に記載された具体的な日付から診断した医師の名前、診断名などを電話越しに読み上げていく。こうした場合、あくまでも低いテンションの話し方をキープして、淡々とした声音を意識することにしている。泣こうが喚こうが怒鳴ろうが、法的あるいは経済的な脅威を感知しない限り、地方自治体の職員や医療機関の関係者は1ミリたりとも動かない。

 受話器の向こうからは、困惑や私への憎悪や怨嗟、そんあ感情が入り混じったような呻き声が聞こえた。

「そちら様が診断書を無くしたということでしたら、その旨を診断書のコピーと合わせて大学病院に伝えますから。後はこちらで…。失礼しました」
ゆっくりと低いテンションで伝えると、私は一方的に電話を切った。

 また暫くすると、私立病院から「すみません、診断書がありました」と電話があった。どうも確信犯的なウソであったらしい。転院のために必要となる正式な診断書は後日、知人の親族が受け取りに行くと伝えて、その日は終わった。

 なぜ私立病院の窓口は「診断書がない」などと、デマカセを口にしたのか。先に「患者の転院を阻む目的から仕掛ける罠である」と書いたものの、実際のところ、真意は分からない。「固定客」を逃したくないので転院を阻むウソをついたか、本当に管理が杜撰であったから診断書が見つけられなかったか。そのどちらかであろう。
 どうでもいい。制度上の抜け穴を突いて、転院を阻むような真似に出たことに変わりはない。

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 午前中から始まった転院の手続きは、これで一旦は終了した。終えた頃には、時計は17時を回っていた。

 転院の手続きを終えた私は、嬉しさや達成感など微塵も感じない。なにか人間として越えてはならない一線を踏み越えていく、そんな感覚だけは残る。しかし、こうして個人の生命は一時的にせよ守られるわけだ。政治経済の力学と制度運用、その実体であり、本質なのだろうとも考える。

 相手方もまた、自身の生命を賭している。だからデマカセやガセネタ、強請のような行動を必死に連発しているわけだ。そこは交渉・取引に臨む者は弁えておきべきだ。そう知人とは話し合ってはいる。

 転院手続きとは合法であり、犯罪などではない。平凡な社会的な行動である。半グレまがいのガセネタ合戦や強請まがいの行動を、公的サービスの職員と利用者どうしで交わし合った末に、やっと利用できるもの。それが医療制度や福祉制度だ。つまり現状では法的・金銭的な交渉と取引に他ならず、決して無償の人助けの類ではない。

 まだ話は山ほどあるが、纏めるまでに時間を要する。

 つづく。

 今回の交渉・取引にもちいた参考書籍
『これならわかる〈スッキリ図解〉障害者総合支援法 第2版』
翔泳社 2018年  


 


 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

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