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心霊現象再現ドラマ・『霊のうごめく家』1

はじめに
 
 2003年に岩波アクティブ新書から刊行された小中千昭の著作『ホラー映画の魅力:ファンダメンタル・ホラー宣言』(以下、『ホラー映画の魅力』)には、『幻の幽霊VTR 探求レポート!!』と題された脚本が掲載されている(※1 以下『探求レポート!!』)。『探求レポート!!』の内容は、小中千昭の評価を高めたオリジナルビデオ『邪願霊』(1988年)の延長線である「心霊ドキュメンタリー」だ。『ホラー映画の魅力』では、『探求レポート!!』はとあるテレビ局のために執筆され、制作も進んだが、完成後にいったん放送が延期、封印された経緯がまことしやかに綴られている。
 
 「…その後、あるテレビ局のために私は、疑似ドキュメンタリの脚本を書いた。はっきりと霊の姿が映っているホーム・ビデオが実際にあったのだが、現実にはそれは御祓いのため消失しているという。そのビデオを探求するという筋のものを私は書いた。スナッフ・ビデオならぬ、こうした地下流通ビデオのマーケットがあるとするなど、娯楽性を盛り込みつつ、これが放映されたら、疑似ドキュメンタリが『第三の選択』以来にテレビに登場されると目論んでいたのだが、その頃、他局のニュウス番組で「やらせ」問題が浮かび上がり、時節的に放映を延期すると通知を受けた。…」(※2)。
 
 『探求レポート!!』脚本の表紙に記載された日付は「94/02/07」。だが、ほんとうに1994年2月7日に完成させた脚本だろうか。同書の記述および脚本の日付を敢えて信用するならば、「他局のニュウス番組で「やらせ」問題が浮かび上がり、時節的に放映を延期すると通知を受けた」のは、1993年にバッシングを受けたNHK『奥ヒマラヤ—禁断の王国・ムスタン』(放送は1992年9月30日と10月1日の全2回)の余波のことを指すのか。それでは脚本に記載された日付(1994年)とのズレが生じてしまう。オカルト番組全般が一時的に自粛されたと語られるオウム真理教事件の発生は、1995年(※3)。
 
 同書には「4 恐怖の方程式—〈小中理論〉とは何か」(以下『恐怖の方程式』)と題された「小中理論」の詳細な解説が掲載されている。実際のところ、『探求レポート!!』は「小中理論」を応用する際の手本として執筆された脚本に過ぎず、もっともらしく記述された経緯を含めて、一切が「疑似ドキュメンタリ」のではないだろうか。小中千昭の本意は、同書の『恐怖の方程式』と『探求レポート!!』を読みつつ、『邪願霊』などの自身が携わった諸作を分析せよ、というメッセージではないか。そう筆者は推測している。
 
 脚本家である高橋洋が命名、国内外での評価を獲得した黒沢清や『リング』(1998年)以降のホラー映画の基礎として評価される「小中理論」。だが、同書のなかで小中自身が定義する「小中理論」とその生成過程を読み返すと、「小中理論」はそう簡単に、劇映画の作劇と演出に応用できる方法論であるとは言い難い。たしかに小中千昭が脚本を担当した一連のホラー作品は、黒沢清の演出手法や、『女優霊』(1996年)および『リング』の脚本と演出にしたたかな影響を与えてはいる。とりわけ黒沢清と高橋洋は『ほんとにあった怖い話 第二夜』(1992年)の第二話『霊のうごめく家』を絶賛したが、同作の企画および演出を務めたのは鶴田法男であり、『霊のうごめく家』の初稿は、鶴田の手によって1990年8月26日には完成していた(※4)。
 
 オリジナルビデオ版『ほんとにあった怖い話』シリーズの制作が進行する過程で小中千昭の参加したのは、製作会社であるジャパンホームビデオの要請によるものだ。オリジナルビデオ版『ほんとにあった怖い話』の制作に入る以前から『邪願霊』に感銘を受けていた鶴田法男にとっても、小中千昭の参加は本望であった。それでも完成した『霊のうごめく家』では、小中千昭と鶴田法男がそれぞれに志向する作品の方向性がときに重なり、ときにズレながら成立している。
 
 本カテゴリでは、小中千昭の『ホラー映画の魅力』で公にされた「恐怖の方程式」や『cowai』など、各媒体での関係者インタビューを分析のためのテクストとし、おもに『ほんとにあった怖い話 第二夜』(1992年)のエピソード『霊のうごめく家』における鶴田法男の演出を分析していく。その後、Jホラー(※5)とカテゴライズされた一連の作品と比較することで、90年代日本の映像産業におけるホラー作品の生成、および後の動きに触れていく。Jホラーは欧米のホラー映画だけではなく、テレビ番組、漫画雑誌、雑誌媒体に掲載される心霊写真や都市伝説など、異なるメディア媒体やコンテンツを取り込みながら生成されていった。そうして、高度成長期以降の日本社会の在り方に対応したホラー映画と、劇中での幽霊の演出と作劇が形成されていったプロセスを浮かび上がらせることを目指していく。

 結論を先取りすると、『霊のうごめく家』には『リング』が公開された1998年以降、Jホラーが枝分かれする要素が同居していた。ひとつは劇場公開される劇映画。いまひとつはレンタルビデオ産業に根ざした「心霊ドキュメンタリー」である。

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