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恋と革命のファム・ファタール プロローグ『超人気Vtuber 日向坂まぐれ』




ブゥゥゥーーーーーン……。



カチ、カチ。カチ。

¥2525 てるまん
まぐれちゃん😍💓いつも配信見て癒されてます〜💞✨最近は忙しくてあまりゲームできてないけど、まぐれちゃんの配信だけは絶対に生視聴です😤💪これからも応援してるね!!!📣🎉ちゅっ♡😘💋


『おっ、てるまんさんスパチャありがとう〜!あとで読むからね♡』


私、日向坂まぐれは今やネットの超人気Vtuberだ。
大手バーチャルタレント事務所『Inter Stella』の超新星のエースにして、歴代最高のVtuberとして毎月数千万のスパチャを稼ぐ〝ネットアイドルの女王〟……。

西暦2112年。─────ネットアイドルやVtuberといったネット界隈のスター的存在が台頭したのは今から百年も前の話だが、その長い歴史の中で数多くのアイドル達の伝説が語り継がれて、現在もなお消えぬ業界として存在し続けているのだ。


『そういえば、先週のモブっ娘⭐︎パラダイスさ〜、本当に神回だったよね〜!!わたしってば、あのシーンでマジボロ泣きしちゃって……めぐみとユリカがさ……─────』

ふと、時計に目を向ける。
午前7時10分。もうすぐ登校の支度をする時間だ。

私はハッとして、すぐさま話題を切り替える。

『あっ……ごめん、一人で語りすぎちゃった!そろそろみんなからのスパチャ読んでくね〜!』


深夜1時からぶっ通しで生配信してから、六時間が経過していた。

昨日学校から帰ってすぐに仮眠を取り、深夜0時過ぎに起きてゲリラで配信を始めた。

普通の人なら寝ている時間だが、なぜかファンの人たちは起きていて、こうして気まぐれに配信を始めた私にずっと付き合ってくれている。
きっと時間に余裕のあるニートやフリーターの人もいるのだろうが、わたしの配信を聴くために仕事や学校を朝に控えながらも、夜通し付き合ってくれている熱心なファンの人たちもいるはずだ。

¥5000 しゃむ猫
こんにちは♪いつも配信みています。私にとってまぐれちゃんは天使です。毎日嫌なことばっかの人生だけど、ここにいる時だけは全部忘れられる気がします。これまで応援してきたアイドルは皆、突然居なくなることが多くて、そのたびに胸が引き裂かれるようなつらい想いを感じてきました。まぐれちゃんは、いきなりいなくなったりしないでくださいね。私は生涯まぐれちゃん推しです。伝説の初配信のときからずっと応援してる古参オタクより♡

『ありがと〜!!!大丈夫っ、わたしは皆をおいていきなり辞めたりしないから!みんなの事ずっと考えて生きてるよ、ガチで!』

¥1500 yumi♡
まぐれちゃん好き❤️わたしはまぐれちゃんとリア友🤝になりたい女子中学生です!まぐれちゃんはインステの誰よりもたくさん配信して〝まぐ友〟の私たちに声を届けてくれるのが、本当に嬉しいです!いつも歌を歌ったり、ゲームをしてくれたり、ファンミで積極的にファンと交流してくれたり、本当にファン思いの優しい子なんだなって思います!この間のライブのグッズも色々と買っちゃいました汗 今月もうお金なくてこのくらいしかスパチャできませんが、気持ちだけでも受け取ってくださいっ!💌💕

『わ〜♡女子中学生からのスパチャ!超嬉しい〜♡ライブ来てくれてありがとね!あと、本当に無理はしないでね……!本当にみんなの気持ちだけで、わたしは嬉しいんだから!』

私のチャンネルの視聴者の9割は男性だ。
年齢層は割とバラけているが、それでも女性の視聴者は少ない。

ガチ恋の男性ファンの熱狂的な応援も嬉しいが、そういった類いの感情の抱かない同性からの純粋な応援はとても心に染みるものだ。

次は……ああ、常連の人だ。

¥10000 ホズミック
貴方は僕の女神です。


……また、同じコメントだ。

この活動をしていると、何回か精神的に危ない人に会う。

社会のルールに上手く馴染めず、この世界のどこにも居場所を見つけられない不器用で孤独な人たちは、束の間の〝休息〟と〝癒やし〟を求めて私のもとにやってくるのだろう。

それでも基本的には優しくて良識的なファンが多いのだが、時々度を超えた依存や恋心、ときには〝崇拝〟にも等しい重たすぎる感情をダイレクトにぶつけてくる人たちがいる。

このホズミックさんは、私の配信に毎回やってきて、その度に総額十万円以上のスパチャを送ってくるのだ。一時期は百万を超える大金を投げていた事もあった……。
応援してくれることは嬉しいが、ここのところほぼ毎日活動している私の配信にいつも当然のように現れては、『毎回同じフレーズの一万円のスパチャ』を連投する彼(?)の行動に、少しの恐怖心と多大な申し訳なさを感じている。

きっと、この人は『日向坂まぐれ』に本気で〝恋〟をしているのだ。

だけど、アイドルは決して誰かのモノになってはならない。
いくら想われても返せないその感情に、私はいつも悩まされるばかりで。
同じ事務所の仲間からは、いつも『真面目に受け止めすぎ』と言われる始末である。

……これもきっと、この歪な時代が生み出した〝人の心の闇〟なのだろう。


『ホズミックさん、いつも応援ありがとう。これからもずっとわたしのことを見ててねっ♡』

『じゃあ今日も一日、頑張ろう!長い時間配信に付き合ってくれてありがとね、みんな!バイバーイ!!』


カチッ。


「ふぅ……。今日は長かったなぁ」


マイクを切ったことを確認してから、いつもの自分のテンションに戻る。

溜め息をついて椅子の背もたれに寄り掛かり、だらんと全身の力を抜いて長時間同じ姿勢で疲労しきった身体中の筋肉をリラックスさせていく……。

……それから、最近学校以外の外出もろくにせず、二ヶ月もの間美容院に行かずに伸び切った前髪をそっと撫でて、また溜め息を一つ。

配信の為の機材の揃ったデスクには、キーボード、モニター、マイク、そしてオールナイトを決行するための兵糧だったカロリーメイトの空箱。その他メモ帳や菓子の包装などの雑がみ。
ゴチャゴチャした机上の整理をいつかしようと思いながらも、ズルズルと数ヶ月経ってしまった。

『家の者』には、この部屋に立ち入らないように〝言いつけて〟あるので、この部屋の掃除は、完全に私担当なのである。


「あー……うん、帰ったらやろう。帰ったらね、多分、きっと、そのうち」


そう呟きながらボサボサの髪を掻き毟った後、少ししてスッと立ち上がり、身体の筋をぐんと伸ばす。
それから、数秒間ぼーっと宙を眺めた後に、やっとシワが寄って乱れたパジャマを脱ぎ始めたのだった。

「そういえば今日は転校生が来るんだっけ。たしか留学生の……名前なんだっけ……?」

時計は午前7時40分を回っていた。
私が送迎通学でなければ、家からの距離的に始業時間には絶対に間に合わないだろう。
今からスピーディーに着替えて家を出ても、恐らくはギリギリの時間での登校となるはずだ。


「よし、行こう……」


軽く櫛で髪を梳かし、綺麗にアイロンが掛けられて部屋の隅に吊るされた制服を着て、最後にリボンをキュッと締めてから、私はドアを開けて速やかに部屋を後にした。


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私がVtuberになったのは、偶然の出来事であった。
たまたま面白そうなオーディションを見つけ、興味本位で受けてみたら、なんと普通に合格してしまい、そしていつのまにかデビューまでしていた。それだけだ。

……だけど、個性派揃いの『Inter Stella』の仲間と共に活動して、幾度もハプニングを経験しつつ毎日活動を続けていたら、気がついたら“超が付くほどのネットの人気者”になっていたのだった。

最初は配信機材の使い方すらも分からなくて、みっともなく右往左往して、多くの人たちに迷惑をかけながら活動を始めた。
活動する上での熱意とか、信念もなく、『何もない自分』に少しでも出来ること、誇れるものが欲しくて始めた活動だったが、今では支えてくれるファンがたくさん出来て、いつのまにかここが私の居場所になっていた。

ネットにいる人たちは皆、普段は真面目で規律通りの生活を送っていても、心のどこかで足りないものを求めて彷徨っている〝迷子の旅人〟のように思える。

窮屈な今の日本という国で、職場や学校などの新しい生活環境に上手く馴染めない人の愚痴を聞き、辛い日々に苦しんでいる人たちの心を癒し、明日からまた元気にこの世界を生きていく為の『勇気』と『エネルギー』を与えてあげる。

……それが私、Vtuber『日向坂まぐれ』の仕事だ。

さっきみたいに、ファンからの大きな期待や想いが時々怖くなったり、悩んてしまったりすることはあるけれど。
もし私の活動が、彼ら彼女らの〝救い〟になれるのなら、可能な限り私を必要としてくれるその人達のために自由な時間を捧げたい。

いずれ私が『自由の身』でなくなる、その日まで────。


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「お嬢様、車の用意はできております」

「うん、ありがと……」


私が住むのは新東京にある『日向坂タウン』。
かつて五つの都市だったこの地域を、一つに束ねて作り上げられた世界有数の巨大都市。

……私の苗字と同じ『日向坂』。そう、この都市は私の家、日向坂家が築いた街なのである。

日向坂家は元々日本の電子工学の先駆者の一族であり、今ではこの国のあらゆるデジタル産業を支える巨大グループ企業『HINATA』の創業一族。

この街のインフラ・通信・住宅・施設のほとんど全てが、日向坂家の技術力によって成り立っているのだ。


─────玄関の前のロータリーに停められた送迎車に乗り込み、街を一望出来る高台『日向坂ヒルズ』にあるこの大屋敷の門をくぐり、車は学校に向けて出発した。

キュィィィィン…………。

車内からは外の音はほとんど聞こえない。

あちこちに大豪邸が立ち並ぶ住宅街の大通りを通り過ぎ、朝日が昇ると同時に立ちこめた朝霧が漂ううねりを描く長い坂を下ってしばらくすると、車の軌道は真っ直ぐに安定し、気がつけば麓の住宅街を突き進んでいた。

公道には完全自動運転の自動車達が行き交い、車内の頭上にあるルーフからは宙を飛び交う高性能ドローンがあちこちへと動き回っているのが見える。

街の景観には電柱・電線の類いは一切ないどころか、ゴミ一つ存在せず。

道行く人たちは皆、小綺麗な格好をした小金持ちっぽい紳士・淑女ばかりだ。

そういえば……この地域には交通許可は降りていないが、日向坂タウン内の〝指定区間〟には数百年前にはSF(サイエンス・フィクション)と呼ばれていた『空飛ぶ車』も走っているはずだ。この都市で生まれ育った私でも、なかなか生で見る機会はないのだが。


─────ここまでの光景だけ見れば、この街はとても『発展した綺麗な場所』に思えてくる。

……実際、『私は生まれてから一度もこの街を出たことがない』ため、ここ日向坂タウン以外の景色を〝見たことがない〟。そもそもこの街の子ども達は、『他の街に行くことが許されてすらいない』のだ。

だが、一方この街を出れば、貧困に喘ぐ人たちが暮らすエリアがたくさん存在しているらしいことは皆知っていた。

私が生まれるずっと前から存在する格差は年々その極端さを増し、現在では国の財産の半分を所有する数%の金持ちと、それ以外の貧しい人たちはそれぞれ全く別のエリアで暮らしており、同じ国にあっても治安や景観が大きく異なっているようだ。

文字通りの意味で、金持ちと庶民では〝住む世界が違う〟のである。

しばらく車窓から外の景色を眺めていると、街のあちこちに政治ポスターが貼られているのが見えてきた。



『美しい国を作ろう!』『健全な価値観を子ども達へ!』『正しき教育で、未来を豊かに!』


ここ百年で色んな議論や出来事があって、二十年前に『子供の教育に関する法律』は大きく変わった。

『国と子供の未来を正しき方向に導くための徹底した教育』。

その厳格な理念を押し通したこの法律によって、かつては大きな社会問題として取り上げられた〝育児放棄〟や〝少年犯罪〟は大幅にその数を減らしたが、一方で表現や言論に著しい規制がかかったことで、革新的な主張をする若者や自由な思想の芸術を描くクリエイターやアーティストはほとんど姿を消した。

成立当時は批判意見もまだ残っていたようだが、施行から二十年経った今では皆がそれを受け入れ、すっかり〝常識〟の一部として日常の中にその法律の考え方が浸透している。

子供は完全に親や教育者の管理下に置かれ、偉い政治家・権力者に都合の良い社会作りの『歯車』として、敷かれたレールの上を規律を乱さず進んでゆく。
それが今や世の中の〝健全な教育〟として推奨されているのだ。

……私はいずれ、この街の外の世界に行きたい。

そこに広がっている光景が、もしかしたらこの国の、この世界の、偽りのない〝醜い部分〟の全てを表しているのかもしれない。

あらゆる〝無駄〟や〝汚らしさ〟を排除した『すべてが美しい世界』。




─────そんな世界こそ、本当の地獄なのではないだろうか?


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───日向坂邸を出て15分。

車は学校の正門前に着き、すこししてから外側からドアが開かれた。

「ではお嬢様、いってらっしゃいませ」
「ああ……ありがとう」

道中に少し考え込んでいた私の意識が現実へと引き戻され、すぐに鞄を持って車を降りた。

今、私の目の前に佇んでいる壮大な建物は、私の通う学園だ。
やや年月を感じる古びた外観だが、重厚な外壁と華やかな造りが特徴的な歴史ある校舎を見つめ、私は大きく息を吸って、重苦しい溜息をついた。


一言で理由を言い表すならば……この学園は、〝普通の学校とは違う〟のだ。

『国立天秤ヶ丘学園』。




……この学園には、『全国から選りすぐりの〝問題児〟達が集められている』のである。


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日向坂まぐれ
16歳。黒髪のミディアムヘア。
大手バーチャルタレント事務所『Inter Stella』の超新星のエース。
チャンネル開始からわずか三ヶ月で登録者500万人を突破した超人気Vtuber。
国立天秤ヶ丘学園には高等部から編入した超大金持ちの家系の一人娘。
彼女もまた、〝問題児〟の一人である。

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