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フミオ劇場  14話『和彦を殴る理由』

 高校生となったフミオの息子、和彦は〈飛び出せわれらさらばビバ青春〉をまるごと満喫していた。

 青春時代が夢なんて、あとからほのぼの思うものと森田先生は歌ったが、道に迷いながらもいつでもどこでもキラキラ出来る。

 予選落ちの常連バスケットボール部を部活に選んだのは、ユルッとした活動が理由。練習量が学校いち少ない。他の時間はすべて遊びに費やせる。

 それがこの冬に事態が一変した。

 ドラマの影響で教員免許を取ったとしか思えない雅俊ヘアの先生が、部活担当になった。
 
 生徒をクタクタにしてから手を広げ
「この腕にかけて来い」とでも言いたいのか
 雅俊ヘアは、練習量を3倍に増やした。
 
 和彦は、初めて全身筋肉痛を経験。
 見えない疲れが溜まっていった。
 
 あの日も

 雪がチラつく中、夕日に向かっての筋トレダッシュを終えて這々の体で帰宅。鞄と部活用具を放り出して、炬燵へ直行した。


 フミオは自分に甘く人に厳しいB型。

 学校から帰宅後は、鞄や持ち物をそこらに置かない、制服はすぐ着替えることを子供たちへ口うるさく課していた。

 いつもは、きちんと守っていた和彦だが疲れがピークにきていた。
 
   そして運が悪かった。

 その日に限って、深く眠り込んでしまい
 その日に限って、フミオが早めに帰宅し

 その日に限って、フミオの虫の居所が
【絶好調】に悪かった。



「ウゲッ」
 
 
 激痛で目を開けると眉の無い赤鬼が見えた。

 赤鬼は無表情のまま、和彦の肩へ再キック。

「ギャッ」
 
 逃げろ俺!と

 頭では警報器が鳴るが、今しがたまで赤外線でフニャフニャにされた身体は、思い通りに動かない。

 身体を横にしたら、今度は背中に激痛が走り、息が止まるかと思った。

ーーはあ? 人の足ちゃうぞ、この硬さ。

 海老反りでチラ見すると、フミオが棒のようなモノを持っている。
 
  なんとか炬燵から這い出たが
 
「何を」ガン!

「グータラしとんのじゃ!」ゴン!
 
「制服も着替えんと!」ゴン!

 硬いモノで連続殴打された。

 和彦は、半泣きで情に訴えるが
 
「疲れててん、部活がぁほんま厳しいねん」

 逆上中のフミオには逆効果となった。
 
「部活のせいにすんな、関係あるかボケ!」
 
 部屋の隅に追い詰められ、そこで初めて、フミオが手にしてるのは、掃除機の吸い込み口とホースだと認識出来た。
 
 吸い込み口は大きくて頑丈そうだ。

 あかん、殺される。頭を両手でガードして、そこらのまる虫よりスピーディに丸まった。

 手が疲れたのか凶器を置いたフミオは、まる虫の尻に回し蹴りを放った。

 まる虫が綺麗に転がったとこへ、フミオの妻、三枝子が止めに入る。

「もう、やめてあげて。この子は、部活で疲れてたんやから」

 <部活>
 <疲れた>

 今のまる虫にとっては非常に不利なワードを2個もぶっ込んでしまった。

 フミオは置いた掃除機を再び持ち上げ
 
「部活で疲れた?」ガン!

「お前の歳で疲れたとか!」ゴン!

「ダラダラする奴は!」ガン!

「生きてる価値ないんじゃ!」ゴン

   
 今日のシバキはえらい長いなと、部屋から出てきた樹里も絶句して
 
「やめー! 和彦が死んでまうでー!」
 
 三枝子と樹里でフミオを制した。


 翌日、和彦は部活を辞める。

 あの雅俊ヘアが部活担当だと
 きっとまた炬燵で寝てしまう。
 寝てしまうということは
 きっとまた殺されかける。
 
 部活なんかより、命が大切。
 命あっての青春なのだ。 


 無事に青春を終え大人になった和彦は
 しかし
 再び襲撃を受ける。

 和彦はその2か月前、フミオと同じ職場に後から就職し、独身寮に入った。


「おい中村。和彦どこや」  

 出勤しているはずの和彦の姿が見えないのに気付き、フミオが社員の中村に聞いた。

「休みたいってさっき電話があって……あ、はいもしもし」

 中村は、和彦が休む理由を最後まで言わずにかかってきた電話に出た。

 肝心の〈熱が出てるから〉が端折られた。

 フミオの怒りサイン点描眉が動き出す。

ーーまだ仕事も覚えてないのに、休みたいやと?甘えやがって。

 喝を入れてやろうと、事務所裏の独身寮へと向かう。

 そこへ古株事務員の春子が明るく

「和彦君ね、熱出してるって。見に行くなら、お昼ご飯を持ってってあげてくださーい」

 賄いのお盆をフミオに押し付けた。

 フミオは黙って受け取ったが、点描眉は久しぶりにキレッキレの鋭角を見せた。

 ドンドンドンドン。


 薬を飲み、ようやくウトウトしたところへ、誰かがドアを激しく叩く。重い身体を起こして開けると、フミオがお盆を持って立っていた。

「ご飯持ってきたぞ」

「あー、置いといて」

 今は食べられそうに無いので、そう言ってすぐまたベッドに潜り込んだが

「今、食え」
 
 フミオがひつこく言う。

 和彦は、寝たふりをした。

 
「おい! 食え言うてるやろ!」

「後で食べる! ほっといてくれ!」
 
 我慢ならずとうとう和彦も怒鳴り返した。

 急に静かになったので、フミオが部屋を出ていったのだと思っていたら、
 
 
【カン!ビシャッ!】


 和彦の枕元の壁に味噌汁碗が飛んできた。
 
 驚いた和彦が、ガバッとベッドから起き上がると、目の前まで迫っていた犯人が、和彦の頭に、おかづの乗った皿を振り下ろした。

「なめとんか! 食え!」
 
 これが茫然自失というもなのか、よく分からないが、自分の額から血が流れていることだけは分かった。

 
「キャーッ!」
 玄関口で、春子が叫ぶ。
 
 お盆を渡したものの、殺気をはらんだフミオの顔が気になって、様子を見に来たのだ。

 
 他の社員も駆けつけ

「タオル!」
「救急車!」
「病院!」

 現場が混乱するなか
 犯人はプイと立ち去った。


 「ワシのせいちゃうからな」 

 その場にいた全員が
 目ん玉むく捨て台詞を残して。


 和彦は幸いにも何針か縫うだけで、大事には至らなかった。

 数時間後。

 包帯頭の和彦が事務所に戻ると
 犯人がオフィスチェアーに踏ん反り返り
 クルクル回りながら
 
「ほんで。飯はちゃんと食えよ」 

 さっきと同じこと言う。

 和彦の机には、新しいおかずとご飯がのったお盆が置いてあった。

……意地っぱり?

 和彦はなぜか笑いが込み上げてきて
 黙ってご飯を口にした。   
 命あってのご飯だ。


              つづく  


 
 

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