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まずはこのスープだけを

その日は担々麺を作ろうと思っていた。
ラーメンは好きではないが、急に白濁したスープが飲みたくなったのだ。

ネットの担々麺レシピはたいてい「簡単レシピ」と銘打って、豆乳でニセ白濁スープを作る。
そういえば以前作ったちゃんぽんもそんな簡単レシピに引きずられ、豆乳でごまかしたことを思い出し、身震いした。

次に出てくるのは、ねりごまを使ったレシピ。
豆乳よりはずいぶんホンモノらしいが、担々麺の白濁は本来、そのねりごまを加工した調味料・芝麻醤を使うはず。
そんなレシピにはなかなか行きあたらず、次第に担々麺への情熱は冷めた。

もうなんでもいいやと買い物に出かけると、サバの切り身が安い。
今宵はもうこれを焼く!とカゴにサバを招き入れる。
白濁への思いはもうすっかり宇宙の彼方へ消えていた。

そういえばこのスーパーはいつも肉が安かったよなと精肉コーナーへ行くと、「水炊き用骨付きぶつ切り鶏モモ」がお手頃価格で並んでいる。
隣には既製の「博多水炊きスープ」も鎮座し、購買意欲に圧をかけてくる。
博多…水炊き…うぉーん! 白濁やん!

日頃よくやる水炊きは主に豚肉と白菜で、白濁とは180°路線が違う。
一方、博多名物・鶏の水炊きはトロンとした白濁スープが特徴で、店で頼むと必ず、まずはこのスープだけをお召し上がりください…とかなんとか言っちゃって、ずずっとやっちゃって、うぉーん! 白濁ー!

サバには心で土下座をし、売場にお戻りいただいた。

しかし! 既製のスープは使いたくない。
今や星の数ほどの鍋スープが売られているが、どれも味がどぎつくて。
でも自作するとなるときっと鶏ガラが必要…そんなのは並んでない…

うーん、どうしたものかと思案していると、なんという偶然か、ある客がスタッフを呼んで「鶏ガラありますか?」と訊いたのだ。
もう僕は耳ダンボ。
「ありますよ。ご要望に応じて冷凍庫から出してまいります」

その客が鶏ガラ担いでホクホク顔で売場を離れると同時に、僕も「鶏ガラありますか?」と訊いたのは言うまでもない。
スタッフの顔に、今日はどこかで鶏ガラ祭りが開かれるんだっけ…?の表情が浮かんだのもまた言うまでもない。

鶏ガラ2羽分、100円。

水洗いをし、少し残っている内臓や血合いを丁寧に落とす。
ほどよく解凍されてくるので何か所か骨を折って寸胴に投入。

30分ほど煮ると骨も少し柔らかくなるので、いったん引き上げて4~5切れに割って戻し、さらに煮込む。
この時点では鶏の脂やアクが浮かんでくる程度で、まだまだ白濁とは遠い。

また30分ほど経つと、鶏ガラはほろほろに柔らかくなるので、麺棒を使って徹底的に突き崩す。
骨の髄からエキスを取り出すために。

そしてさらに1時間煮続け、ペーパータオルでゆっくり濾すと…

できたでー! 白濁スープ!
ちょろんと味見してみると、とろりんちょ!

別鍋で煮ていた「水炊き用骨付きぶつ切り鶏モモ」を煮汁ごと白濁スープに合わせ、土鍋へイン。

うぉーん! これぞ、博多の水炊き!
白濁スープに骨付きぶつ切り鶏モモ!

「お客さま、まずはこのスープだけをお召し上がりください。山椒を少々振っていただいてもよろしいかと」
――息子に勧めてみた。

案外これが言いたかっただけかもしれない。

(2023/12/6記)

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