見出し画像

外国が怖かった私が、イギリスが大好きになるまで

良い年をして恥ずかしい話だが、イギリスに来る前は外国に住むのが恐かった。

日本からみたヨソの国は、遠くて、恐ろしい場所に思えた。
だって日本で流れていたニュースでは、レイシズムがひどくなっているとか、外国人に冷たいとかいうではないか。
去年の十二月、寒波に見舞われた雪のロンドンに着いた私が持っていたのは、うろ覚えの文化人類学の知識くらいだった。

華々しいビジネススクールやロースクールの影に隠れてひっそりと、探検家か隠者のような先生と学生が集う学部に通っていたのは、もう十年も前のことである。

その風変わりなクラスでは、小さな居酒屋に飛び込んでそこの人々に溶け込むことで良い成績がもらえた。
まるで野良犬のように街中をうろつき、独自のコミュニティを形作っている個人経営の(大抵はほとんど崩れかけた)居酒屋を探し回りながら、

「これを知らないと死ねない/生きていけない」

というほどに、自分にとって深い問いを探せ、と指導された。
結局それほどの問いは見つからず、私は進学を諦めて就職したのだが、文化人類学という奇妙な学問が好きなのは今も変わらない。

フィールドワークの際に学んだその教えは、簡単に言うと以下のように要約される。

問い:どうすれば地域社会に溶け込めるか。

答え:地域のコミュニティに身を投じる(丸腰で)。

人類学的に言えば、新しい環境では結局のところ、捨て身で飛び込んでゆくしかないのだ。だから私は、とにかくやみくもに行動した。

着いてまだ一週間も経たない時に、仮住まいのホテルから、図書館で行われたドキュメンタリー映画講座に参加した。英語でのディスカッションが、半分以上わからなかった。
紹介された中国の葬儀屋で働く若者たちの映画と、寒さと緊張で手が冷え切っていたこと、誰かが持ってきた日本のものとそっくりなミカンがあったことを覚えている。

それからどこで見つけたのかもう忘れてしまったが、とりあえず編み物教室とダンス教室にも申し込んだ。
どちらも自治体の文化支援団体が開催しているもので、近所の公民館のような場所で行われていた。

編み物教室では初めての棒針編みを習った。用語は全然わからなかったが、優しいアシスタントの女の子が手取り足取り教えてくれた。

ある日教室に、巻き寿司を作って持って行った(人類学の研究では、一緒に食事をすることは多くの文化において信頼関係を築くのに効果的だとされているから)。特に編み物講師の先生が喜んで食べてくれた。


「誰かが作ってくれた料理って、特にワーママには染みるんだよね」


そうつぶやいたエリザベス、通称リズとは互いの興味が似ていて、すぐに仲良くなった。

彼女の本業は心理カウンセラーで、偶然にも人類学で有名な大学で働いていた。職場に招待してもらい、一緒に屋台の日本食弁当を食べた。
友達の夫が亡くなった話をするうちに涙ぐんでしまう、感情豊かな人だ。


リズが最初の友達になってから、彼女の紹介で知り合った近所に住むインドネシア人のメイとも仲良くなった。
娘の学校で出会った日本人のお母さん達や、夫の同級生家族とも親しくなり、最近では道を歩けば誰かしら知り合いに会う。

冬に来たことを後悔するほどに、日の短いイギリスでの最初の日々は大変だった。現地の小学校にも馴染めず、ホームシックになった娘と一緒に様々な苦労をしたが、今では彼女も毎日学校が楽しくて仕方がないらしい。

時期はずれに、手当たり次第に撒いた種が、今ようやく花を咲かせてくれている。


人類学教室の恩師は卒業を控えた私たちに、

「人類学は就職や実生活には全く役に立ちません」

と真顔で言った(ああやっぱり、と私たちは改めて落胆した)。
それから、

「でも、研究は楽しかったでしょう」

と付け加えて笑った。


確かに文化人類学の学位は、

「何それ?」

と人に聞かれて、世間話のタネになるという効力しかなかった。
でもその知識と経験は(聞きかじった程度であっても)、より深く人生を味わえるよう感覚を開き、未知の世界への興味を呼び起こしてくれる。

さあ、今回は長くなってしまったのに、ここまで読んでくれているあなたは、もしかしたら私と同じように何かを恐れているのかもしれない。
私がお伝えできることは、

あたらしい世界や人々のことをもっと知りたいと思う好奇心に従えば、
一歩踏み出すごとに恐怖は遠ざかる

ということ。

不安でどうしようもない時こそ、行動しよう。そうすればきっとすぐに気付くはずだ。

この世界はあなたと同じように、不確かな自分を抱えて何とかやっている人たちの集まりだということに

そうだとわかれば、もう怖いものはない。
「アナと雪の女王」よろしく、ありのままの自分を見せればいい。

少しくらい風当たりが強くても、

"The cold never bother me anymore."
「少しも寒くないわ」

と胸を張って。
そんなあなたに共感してくれる人が、この世界には必ずいるから。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?