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『川端康成の話をしようじゃないか』

私には夢がある。

ホテルのラウンジバーで、たまたま隣り合わせた紳士とマティーニ(ノンアル)か何かをちびちびやりながら、夜景を眺めるのだ。
紳士の手には、一冊の文庫本。
その表紙に描かれた東山魁夷の「北山杉」で、私はそれが何かを知っている。
一杯目を飲み干したところで、おもむろに、私はこのセリフで沈黙を破る。

「あなたのお好きな、川端康成の話をしませんか」。

私にとって、人と会話を続けることは非常に難しい。
どうしても、相手の顔色を窺ってしまうのだ。
神経衰弱という恐ろしい名前のゲームがあるけれど、あれを言葉でやっているような感覚だ。
正解? 不正解? うわあ、今の顔どっち???
と、考え込んでしまう。
興味の範囲もせまいので、天気や世情といった定型文を使い果たしてしまうと、あとはもう、ただひたすら愛想笑いをするほかないのである。

そんな私でも唯一、夜を徹して語りつくせそうなのが、本のコトだ。
とりわけ、川端康成や谷崎潤一郎といった昭和の文豪なら、一晩どころか三晩はいける自信がある。

けれども、現実世界で「川端康成、マジで最高っすよね!」と宣っている人に出会ったことがない。
十年ほど前に一度、藁にも縋る思いで地元の読書サークルに参加したことがあるのだが、実態は合コン(すでに死語だが)だった。
ただ一人、Tシャツにジーンズという出で立ちの三十路女が、開口一番「私の好きな作家は川端康成です!」と言ったときの場の凍り方・・・。
今でも時々、夢でうなされる。

ああ、死ぬまでに一度でいいから、好きな作家について語りあい、夜を明かしてみたい。
せめて、誰かが語り合っているのを遠巻きに聴くのでもいい。
願わくば、作家さん同士とかだったら最高だなあ。
文学論みたいに堅苦しいものじゃなくて、推しのアイドルを語るくらいの、ちょっと緩くて、でも熱いやつ。(わがまま)

なんて、日々願いながら本のある場所をウロウロしているのだが。
おお、本の神さまありがとうございます!
今回もドンピシャなやつが図書館に鎮座しておりました!

タイトルがずばり、
『川端康成の話をしようじゃないか』(小川洋子 /佐伯一麦 著・文 田畑書店)。


素敵な甘味処でお茶しながら対談しているかのよう。

川端康成論でも、川端康成考でもなく、『川端康成の話をしようじゃないか』という、いい感じの気の抜け方。

本文も気負いがなくて良い。

小川洋子さんと佐伯一麦さんという大御所作家が、
「川端作品でどれが好き?」
「私はこれ~」
「えー、意外! それのどこが好き?」
「えっとねー、すっごい狂気をかんじるところー」
といった感じで、川端について語り合っている。

まるで、放課後の女子高生だ。
はしゃいでいるようなお二方の姿が、とてもカワイイ。
大好きなものを語るとき、人はどうしても可愛くなってしまうのだ。
そのお二方の「大好き」に触発されて、私の中で眠らせていた川端愛が疼く。

川端作品は、ストーリーらしいストーリーがない。
場面の連続だけで終わっていることがほとんどである。
オチもない。教訓もない。ただ、場面があるだけだ。

どう解釈しようと、ご自由に。
そんな放任主義な作家だと、私は思っている。
その自由さが好きなのだ。

なので、読み手によって、作品の色は違ってくる。
十人いれば十色の、百人いれば百色の、川端ワールドがそれぞれある。
だからこそ、人と語り合うのに持ってこいの作家だと思う。
『川端康成の話をしようじゃないか』を読んでいて、そう実感した。

小川さんも、佐伯さんも、それぞれの川端ワールドをお持ちだ。
同じ作品を読んでも、解釈のしかたがまるで違っている。
なので、小川さんが語ると佐伯さんの中で新しい川端ワールドが閃く。
佐伯さんの言葉で、小川さんの中の川端像が新しい光を放つ。
お互いの川端ワールドが、化学反応を起こし、また新しい川端ワールドを生み出していくのだ。
語れば語るほど、川端作品の魅力が増殖してゆくのである。

うわあああ、なんて、なんて素晴らしいのだろう!!
もし、もし世界中の川端康成ファンと語り合うことができたならば。
それぞれが、違った川端ワールドを披露していったならば。
無限川端康成!!!
なんてのも夢じゃないのかもしれない!

いいなぁ。いいなあぁ。
川端康成の新作を読むことはできないけれど、みんなの川端ワールドを集めていけば、いくらでも刷新することができるんだ。
ああ、いいなあ。たくさんの人と語り合いたいなあ。

本の神さま。
もし可能でしたら、映画監督とか、ピアニストとか、俳優とか、画家とか、陶芸家とか、写真家とか、文学とは別のところにいる人たちの語る川端康成も知りたいです。そういう本をお願いします。

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