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京都・新町通のぶらり歩き:なにげない街の日常を撮る、描く(4)看板から京の商いと町衆を知る


はじめに

 本シリーズのタイトルの「京都・新町通のぶらり歩き:なにげない街の日常を撮る、描く」ですが、単純に私が興味を持った場所を撮影したり、スケッチするだけではありません。
 以前述べた様に、ごくごく普通の街でも、日々の暮らし経済、人々の風俗など社会的、歴史的な背景が観察しているうちに浮かび上がってくるからこそ面白くてやめられないのです。

 世に街歩きする人は多いと思いますが、その人たちは二つのタイプに分かれるように思います。1)まったく下調べせずに、行き当たりばったり歩くタイプ、2)徹底的に地図や資料(今ではインターネット)を調べてから歩くタイプの二つです。

 私は、簡単な観光地図など当日得られればもらう程度で、まったく下調べしないタイプです。下調べして知識がありすぎると自分の頭で感じたこと、発見したときの感動や喜びが減るからです。

 推測ですが、日本人の街歩きは徹底的に下調べして出かけるタイプの人が多いのではないでしょうか?

 というのは日本在住の海外の人の動画でほぼ口をそろえて驚いている(嘆いている?)のは、ようやく日本の友人ができて、ある日急に思い立って今夜一緒に食事しようと電話しても断られることだそうです。なぜなら、大抵の日本人は数週間先まで予定が決まっているからです。遊びまで先に先に計画することに驚いているのです。海外(といっても欧米だと思いますが)の人にとってはあり得ないことのようです。
 事実、外国人観光客をインタビューする動画でも、かなりの割合で計画を立てずに旅行すると答える方がいること(特に2回目以降の来日の方)も、それを裏付けています。

 少し話が横道に入りました、元にもどします。
 今回の記事は、ほとんど人通りのない新町通(七条から四条へ)の人々はどんな暮らしをしているのか、あちらこちらに見かける看板から何が見えてくるのか探ってみました。

看板の業種と数を数えてみた

 図1に七条から四条まで新町通を歩いた時に見つけた看板の写真をもとに、お店の分野種類を調べた結果を示します。
 なお、四条通に近くなると、最近町屋リフォームした飲食店(居酒屋など)が増えてきますが、この表では入れていません。また、以前からあるレトロカフェ2軒も別途記事にしますので入れませんでした)

図1 新町通(七条~四条)の看板の業種と数

 今回歩いた新町通(七条~四条)観光客もいませんし、消費者が買う商品を販売するお店もありません。ですから、人通りもなく何の変哲もない普通の街の通りのように見えます。

 しかし七条通から四条に向かって歩き始めると次々に看板が現れます。その中身を見ると、あきらかに一般の街とは様相が異なるのです。

 図1に示すように、1)伝統工芸やその素材に関する業種、2)寺社、特におに直結する業種、3)和食素材販売およびその素材を使う料理店、4)呉服(和服、小物)と、一般の街では見かけない和の伝統業種割合が半端ないのです。

 わずか2㎞弱の間で見出した伝統業種とその一般業種に対する高い比率は、おそらく四条通以北新町通でも変わらないでしょうし、平行する他の通り(室町通など)でもおそらく変わらないでしょう。
 図1は京都の商い特徴をよく表していると思います。すなわち和の暮らしお茶お花など芸道に関連する伝統的業種と、寺社に直接関係する業種が多いことです。今回歩いた地域が、東本願寺に隣接していることも関係しているかもしれません。

 もちろん洋服店美容室など、どの街にもある典型的な業種(「その他」の欄にまとめました)も存在します。とはいえ、はたして商売する気があるのかと思うほど、どの店も小さな看板文字で書いてあるだけで、近づかないと何のお店かわかりません。しかも年代が経て文字もかすれてしまって、他の都市のように時代に合わせて新しくする気配は感じられないところも京都らしいところかもしれません。

 極めつけは四条通に近い場所で見つけた「祇園祭船鉾保存会」の看板です。この看板を一目見て心が躍りました。突然「船鉾」という祇園祭山鉾の名が目に入り、これこそこの街の象徴だと思ったからです。
 この看板の発見により私が今回歩いた「新町通」一帯がまさに歴史的に下京商人達中心地だったことを実感しました。当然ながら歴史で習った京の町衆という言葉が浮かびます。

 もしあらかじめ下調べしていたらこの感動は味わえなかったでしょう。

 さてこのようにレトロ感満載の看板があるかと思えば、一方では現代的ロゴの看板を冠した建物も散見します。
 それらは町屋改装したり、外見を和風スタイルで新たに建築した宿屋ホテルです。6、7年前に歩いた時はこの界隈では存在していませんでした。おそらく東京オリンピックを見込んでその後できたものと思われます。

 宿という性質上、おそらく京都の町全体にこの新しいスタイルの宿屋が急速に増えていることでしょう。
 新たな町屋の保存、再生法となっているのではないかと思います。

 さて、私たちは京都老舗と云えば、何となく平安期室町期から何百年も続く老舗が多いと思っていないでしょうか。もちろん、日本の長寿企業は数多く知られていますし、中でも京都老舗企業が多いことも間違いないでしょう。

 しかし私の感覚では、何百年も続く老舗は稀で、古くても江戸中期以降、大半は明治以降のお店が大半ではないでしょうか。
 すでに日本の敗戦からでも80年近く経っていますから、おそらく長くて150年、実際には100年続いていれば老舗といってよいのではないかと個人的には思います。大多数のお店は生まれては消え(あるいは業種を変え)と絶えず変化し続けているはずです。

 今回見つけた新しく生まれた宿ホテルは、時代の変化に応じて京都の町の景観が変わりつつある現場を目撃したことではないかと思います。

 その際、時代の変化と古くからの景観とどう調和させていくのかは、生きた大都市京都の町が避けられない課題です。
 多大な努力をされている当事者の方々に対して傍観者の立場の私は大変申し訳ないのですが、時代の変化に合わせた取り組みに関心を寄せつつ今後も街の景観をスケッチしていきたいと思います。

看板のロゴに注目してみた

 図2および図3に、看板の文字のロゴの種類別にまとめました。
前者は毛筆直接書いたものか、毛筆で描いた文字を彫ったり印刷したものです。後者は、印刷用漢字フォントと思われるものを集めました。

図2 毛筆文字による看板
図3 漢字フォント(KANを除く)による看板

 図2の毛筆文字の看板で困ったのは、読めない文字があることです。例を挙げると、図2の左下の「木乃婦(きのぶ)」の「」の崩し文字が最初はどうしても分かりませんでした。あてずっぽうに「」であろうと見当をつけて、ようやく業種が分かりました。「京料理」屋さんだったのです。
 この看板(灯り?)はとても小さく、また大きなお店のどこを見渡してもまったく業種の手がかりが無いのです。いかにも京都のお店らしいと思います。

「木乃婦」の正面写真です。
看板(灯り?)は左端に小さく映っています。

 図3では、漢字ロゴといっても、その中には昭和レトロカタカナと現代的なアルファベットロゴも混じっています。
 全体にレトロロゴで占められていますが、唯一の例外「YAMAMOTO KAN KOGYO CO., LTD.」とアルファベットで書かれた看板は、日本語で表すと「山本管工業」となります。

山本管工業の看板

 とはいわゆる金属製パイプ類を指します。
 そして「管工業」という日本語からは、テレビで見る「下町ロケット」的な町工場が作る工業製品をイメージするのですが、店先にある展示コーナーを見て驚きました。

 武骨な製品が並んでいると思いきや、おしゃれな真っ白な蛇口と真っ赤な水受けではありませんか。おそらく金属(ステンレス?)の管に色のついた樹脂を被覆したものと思われます。

展示コーナーの製品

 いかめしい社名からは予想外のデザインセンスの製品ですが、京都の美意識はこのような工業製品を作る会社にも生きていて時代の変化に合わせて継続している姿なのかもしれません。
 看板が現代的なアルファベットロゴであるのも頷けます。

まとめ

 今回は看板に注目して新町通を眺めてみました。その業種の分布から、他の都市にはない特徴が浮き彫りになりました。それは和の伝統および寺社関連業種の数の多さと一般業種に対する高い比率です。
 明らかになったこの特徴はあくまで現在の新町通の状況ですが、「祇園祭船鉾保存会」の看板の存在からこの一帯が、洛中洛外図の中で描かれたように、室町末期以降の下京の中心地であったことと一致します。
 ですから、今回看板から得られた業種は、少なくとも江戸時代末期の下京の「商い」の状況を反映している可能性があります。

 実際、京都市のサイト「フィールドミュージアム京都」を調べてみると、室町期に京都の町衆が結成した自治組織の町組(まちぐみ)についての紹介があり、上京と下京に分かれていた京都の街が、江戸期には発展して、上京と下京が連結した大きな町に発展した様子が紹介されています(図4)

図4)江戸時代の町組分布図(19世紀)
京都市「ミュージアム・ミュージアム京都」より引用
(赤線は新町通(七条~四条の間)を示す。筆者による追加)
https://www2.city.kyoto.lg.jp/somu/rekishi/fm/nenpyou/htmlsheet/toshi16.html

 以上、看板から窺える新町通の特徴を見てきました。次回は別の視点で記事を書く予定です。

(おしまい)

 前回の記事は、下記をご覧ください。


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