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しょうもない話|部屋

実家にいながらにして自分の部屋におしゃれを追い求めるのは難しい。デザイナーの両親を持つなどのサラブレッド的環境に生まれたならまだしも、一般的な「実家」とはやはりおしゃれの対極にあるものだろう(と信じたい)。

実家感の魔力は強い。いくら小物などのオシャレアイテムで取り繕おうとも、大型家具や電化製品といった大幅に場所を取るアイテムが実家セレクトになっていると、途端にささやかなおしゃれは無残にも掻き消されてしまう。

私もかつて一人暮らしを始めた時には、ワンルームの真っさらな空間を目の前に、無限に広がるおしゃれの可能性に心を踊らせたものだ。

しかしめくるめく要介護生活に足を踏み入れることになり、おしゃれに対する憧れはまるごと捨ててしまった。要介護生活と実家とは切っても切れない仲にある。私は実家に帰ってきた。

私の部屋は30年選手だ。「子ども部屋」と呼ばれていた頃から活躍し、長きに亘って堆積されてきた実家感はそう簡単に消えるものではない。

物心つく前から壁にそびえ立っている巨大な本棚や、小学校入学前に購入した学習机。高校生の頃に購入したアルミ製のハンガーラックなど、非おしゃれな上に捨てづらく場所を取るものばかりが肩を並べ合っている。

洋服ダンスの上には着替え用のパジャマやバスタオルが積み上げられ、学習机には非常用のお菓子や飲み水のボトル、リモコンや氷嚢などの救急用品が所狭しと並べられている。こうやって物を片付けずに並べて置くのは全て私が身体障害者同然であるからだが、それにしても全くおしゃれとは程遠い。

しかし自然と目は慣れてくる。おそらく余所の人がこの部屋に来て惨状を目にすれば、「なんちゅうこと」、などと思ったりもするのだろうが、当事者としてはもはや何も気にならない。しかも私は一日中ベッドに横になっているだけなので、なおさら非おしゃれ散らかり部分になど目が届かないのである。

ベッドでの私の視界は大きく分けて三つある。一つは左、一つは上、そしてもう一つは右である。

まずは左側であるが、こちらは一番賑やかで良い。テレビが置いてあり、その横には出窓、さらに窓際には鉢植えが並べてあり、見所満載のエリアとなっている。出窓のカーテンが風に揺れる時などは特に面白く、私は飽きもせず毎日カーテンの揺れ具合をぼんやり眺めている。

家を出られなくなってからテレビが大好きになったのだが、残念なことに最近は薬の影響で酔ってしまうため長時間見ることが難しい。だから厳選した番組のみを鑑賞している。

厳選された番組とは朝ドラの『半分、青い』、お笑い番組の『ゴッドタン』、こども用アニメの『おじゃる丸』『うさぎのモフィ』などである。我ながら趣味が極端だと思う。

左側に続いて上側であるが、ここには天井がある。この天井は見慣れたすぎたあまり存在感を消し始め、「あるけど、ない」という状態になってきた。天井を見飽きると目を瞑るわけだが、そうすると不思議と空が見えたり草原が見えたりしてくる。そういうわけで案外、上側も悪くない。

最後に、一番くせ者なのが右側である。間取り好きの方々はお気づきかもしれないが、右側には壁しかないのだ。天井の近くにはエアコンが設置してあるが、5月の終わりの今頃は冷房を稼働させることも多く、そうなるとあまり風の出口は見たくない。

エアコンを見ないとなると、もはや壁しかない。つまり見るものがないのだ。私はこの右側のだだっ広い壁を見ているのだけはどうにも閉塞感があって嫌いだった。

先日、友人から荷物が届いた。彼女は私の心の友であり、人生の恩人とも言える人なのだが、そんな彼女がちょっとしたパーティーに出席するというので、私はお気に入りのスカートをぜひ着て行って欲しいと言って貸していた。荷物はこれを返してくれるためのものだった。

届いた段ボールを母に開けてもらうと、開いたところや内側にはキラキラ光る小さな星型のシールが貼り付けてあった。そしてスカートに紛れて、一枚の絵はがきが出てきた。メッセージ用の白紙の面には、先ほどと同じ星型のシールを並べてTHANK YOUと描かれていた。隣にはニコちゃんマークまで添えて。

私は彼女の優しさに深く心を打たれ、とても嬉しかったので例の右側の壁にこのハガキを貼ることにした。真っ白でだだっ広いだけだった壁にはキラキラと星が輝き、私は右側に体を向けるだけでいつでも彼女の優しさに触れることができるようになった。

ニコちゃんマークが笑いかけてくる。私もにっこりと笑い返す。遠くで友達も笑っているような気がする。

左側ではテレビの中の人たち、右側では大切な友達。私は両側から笑いかけられている。上を向き、大の字を描いて目を閉じると、心の中には青空が広がっている。

上を向いて歩こう♪ とは歩けない手前なかなか歌いにくくなってしまったが、それでもやっぱり上を向いていたいと思った。

涙が零れるかどうかは自分次第だ。

HAPPY LUCKY LOVE SMILE PEACE DREAM !! (アンミカさんが寝る前に唱えている言葉)💞