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熟年離婚は辛かったですか?

既述の通り母はここ最近抗がん剤治療で闘病中なのだが、俗に言う「女の命」とやらが日々薄さを増して、とうとうあのドビー様みたいになってきてしまった。

母はとても辛いだろうし、恥ずかしさややるせなさ、失望感や深いショックを感じている。と見ていて分かる。


だから私は免許取得後ろくに運転もしてない車に乗って母と帽子を買いに行ったり、分からないなりに調べてウィッグを通販で買ったりした。正直ウィッグは高すぎて財布が痛かった(^_^;)


家にいたって、母が悲しくならないように常に気を張っている。「女の命」が落ちていたらそれを見て母がショックを受けないようにそっと拾ったり。帽子やウィッグもなるだけ楽しく選んだり。


だけど父がそれを台無しにする。私がケアした母の心をグサグサと傷つけるのだ。

髪の毛が浮いてて母が入った後のお風呂は入れないだの、禿げて頭が小さくなったみてえだだの、俺は毎朝髪の毛拾ってあげてるだの、お前は◯◯だから言ってもしょーがねえだの。とりあえず人として終わっている。昔からこう。


母はこれまでそれに耐えてきたし、長年の結婚生活で抗う術もいくつか手に入れていた。だけど人間、病になると気は弱くなり涙腺は緩み、希望よりも現実を見るようになるらしい。ここ最近の母は父に傷つけられて泣いてばかりだ。


そんな母を見てつい、「離婚しなよ」と言いたくなる。だってこんなに辛そうなのだから。一緒にいると「楽しい」よりも「悲しい」方が多いのだから。


だけど母は結婚してから30年近く専業主婦で、資格もなければ腰も悪い。そんな母が離婚して経済的に不安定になり、共に暮らす人も無くしてしまったら「孤独だな」「人生つまらないな」「私の結婚はなんだったのか」そんな風に余生が暗くなってしまう気もするのだ。

社会人になり来年から一人暮らしになる私。私のところに来ればいい、と最初は考えた。だけど毎日平日休日問わず母が部屋にいると思うと、正直息が詰まるところもある。仕事で嫌なことがあった時、母に当たらない自信があるとも言い切れない。それに平日休日私が出かけて仕舞えば、母が「孤独」なのは変わらない。


そんな余生が暗くなる可能性を承知してまで、父と別れるべきなのか。暗い余生よりも、日々傷つき、それでも最期まで一緒にいる方が幸せなのか。


私には分かり得ない。考えても考えても。


だからもし熟年離婚された方がいたら是非教えてほしいのである。どちらが良かったと思うのか。今は幸せか。余生は暗くならなかったか。


母が明るく生きれる方に私は導きたいのである。