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女性らしさなんて捨てて、わたしらしく生きたい人生

最近すごく強く思う。きっかけは失恋なのですが。
恋愛に関するトピックって、最近SNSで本当にたくさん目にするけれどその度にわたしの心はざわつく。

「○○な女性」という表現の仕方や、「女性らしさや自分が女性であることを忘れてはいけない」という言い回しを見ると、ざわつくのよ。

うまく言葉にできないけれど、、

なんで?わたしはわたしだよ?女性らしさってなに?

という幼稚な?素朴な?疑問が浮かんできてしまうの。

そして、なぜそのような疑問が浮かぶのか、考えてみるけれど分からない。


わたしは中高女子校で、大学生時代に異性との人間関係で悩むことが多々あって。
「女として見れない」と言われたり、(まあそれなりの行動をしてしまっていたのだけど)
平気でブスといじられる人間だったので

その過去が自分にとって一種のトラウマなのかな?とか思ったり。

自分を「女性」として世に発信することで、それを否定されたときに傷つくのが怖いから
自認したくないのかな。

初めから「女性」とか「かわいい」のステージに立たない方が、自分を守れる気がする。

だから、「女性らしさ」などに対して過剰に反応してしまうのかもしれない。


もし、そうでないとしたら、わたしは何かしらのジェンダーに属している。

今わたしが言えるのは、

・男性と名乗る人が好き(恋愛感情として)
・男性と名乗る人を性的な対象として見られる
・自分が女性であると胸を張って言えない
・二元論に違和感がある

それくらいなので。
自分に、女性以外のジェンダーが当てはまるのかよくわかりません。


ただ、なんだかすごく嫌だ、「女性」として見られるのが。

 


これが果たして、この話に繋がるのかはわからないけれど、ひろゆきさんの動画を見て思ったことがあったのでそれも書く。


わたしは初め、ひろゆきさんが割と苦手で、敬遠していたのだけど、動画を見ているうちに面白く感じるようになってきて。

物事には理由があるんだな、ということが分かると、わたしはすごく納得してさらに広げていきたくなるのよ。(社会科の教員になりたかった理由もそれ)

だから、様々なことの理由や理屈を説明してくれるひろゆきさんの話がなんだかめちゃくちゃ面白い。

面白さに気づき始めた時に見たのが、「論理的な思考をする女性を、男性は求めていない」というような話。

終わったーと思いましたね。

わたしは日々色々考えているので、男性が(まあこれは性別関わらず)何か意見を言った時に、「ん?」と思ったら違う意見を述べてしまう。もちろん、相手の意見を否定するわけではないけれど。

話し合いが好きと言うか、意見をすり合わせていくのが好きなのね。人間って感じがして。

でもそういうのは、男性が求める「女性」ではない。


そこまでは、とりあえず良いとして、
わたしがもやっとするのは

わたしの容姿が「女性」であるということ、その状態でありのままに生きようとすると、マイナスにしかならないんじゃないか???と思った。

(考えすぎ?)

というか、そういう目線が残る今の世の中がなんだかなあと思う。

確か、マッチングアプリかなんかの話の時にも書いたような気がするけれど、、

はじめまして、の段階で「男性」「女性」という目線で見る感じ、、


あれこれ言ってるけれど、わたしだって好きな人に愛されたいのよ、、
ということは、こんな人間でも愛してくれる人を必死こいて探すか、認めづらいけれど「女性らしく」振る舞うしかないのかもしれない。


明確な着地点はないのですが、今の気持ちです。

稚拙な文章、読んでくれてありがとうございます◎

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