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左脳さんのトゲの正体

左脳さんの「正しさ」にまざった
トゲのようなものが

苦しみ

(それは、この「脳内ストレス物質」なのだとおもう)

苦しくて苦しくて、、、苦しいがあまり
それが「トゲ」のようなものとして出ちゃう…

これをどーにかしたい=発散する

それが、左脳さんの苦しみの解消法

たとえば、左脳さんは「正しさ」を使って
正しくないものを排除(正そう)としたりする
この「苦しいかんじ感覚」を
「間違い」とか「正しくない」と置き換えて、
その対象を「どーにか変えよう」とする動き

それが左脳さんの苦しみの解消法

でも、このやり方が、
ことごとく、うまくいかない。。。

なぜかといえば、
対立構造(バラバラ)だからだし、

なにより、、、

左脳さんは
「自分のところへ血液が巡ってくる状態」を
根本的に解決する気はないからだろう

苦しい→どーにかしたい→苦しい→どーにかしたい
この連鎖は左脳さんにとって「旨み」しかない。

右脳さんは、それを「そのまま味わっている」 

右脳さんは ほおっておく(そのまま)
手出しする必要のあるようなものがない。

マインドフルネス=苦しみの連鎖がおきていかない

そして、このような両者(左脳・右脳)の動きが、
同時に、いまここで起きている。


だから、もし、、、
右脳さんのような在り方が好みであるなら、
右脳さんのほうに繋がればいい。

他者の苦しみを「自分ごと」として捉えないでみるとき、そこにあるのは悪意ではなくて「苦しみ」であるという「ストーリーではなくて事実のほう」に気づきます。それによって、慈しみや寄り添う心が芽生えたりもする。

ただ、そこには「苦しいかんじ感覚」があって
それをいろいろな形やコトバで表現されている。

「 そうか、苦しい…のかあ、、、 」

でも、それを「自分ごと」と捉えてしまうと、
ここにある事実そのままではなく
「自分ごとストーリー」が濃厚になって

事実そのままを見失う

このかんじ感覚を解釈・コトバにしない
= ストーリーにしないでみる

いま・ある・これを ただ、かんじてみる



それが「あなた」のものなのか?
「わたし」のものなのか?
その苦しみの所有者が誰であるか?

というのは、どちらでもいい。

どちらからでも「おなじ」だから、、、
結局、これは「ひとつ」で起きていることだから

それをただ、かんじてみる

ウェルカムレイン☆サヤカ  https://lit.link/wrsayaka


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